
目抜き通りに伸びる一本のわき道。「東京」をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回は北野駅で電車を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)
北野「雨と休日」
丸々と太った老猫を飼っている。残された時間はきっとそう長くない。それでいて、小さな車輪が回り続けるような日々だ。時間に対する感覚は年々鈍る気がする。一方で、なにげない瞬間に、少しでも長くしがみついていたいと思うようにもなった。

新宿から京王線に乗り、北野駅で降りた。静かなところだった。街全体がボリュームをぐっと絞るように思える。正面には湯殿川があった。下流へ急ぐ川面を二羽の鴨が滑っていた。

いくらか傾斜した上り坂が続く。歩道のない通りを多摩丘陵のほうへ進んだ。側溝を流れる水のせせらぎが近い。排水溝を踏むと、かん、と音がする。樹上で鳥が鳴く。植物が生い茂るにつれ、聞こえる音はクリアになった。

感覚の変化はほかにもあった。耳を澄ませていると、時間の流れが緩やかに感じられた。

物思いに耽って目的地を過ぎるところだった。「雨と休日」は、通りから奥まった場所に佇む。白い壁を青で縁取ったような玄関。一見して、CDショップとは分からないかもしれない。がらがらと引き戸を開けた。

店内は築30年の平屋家屋の一部を改装して作られた。取り扱う作品はすべて、「穏やかな音楽」というコンセプトのもと店主の寺田俊彦さんが厳選したものだ。
2009年に店を開く前は大手のCDショップに勤めていた。音楽を聴くならCDだった時代。大量の在庫と格闘する中、内容を知らずに売った商品も多かったという。自分が聴きこんだ作品でなければ、責任を持って売ることはできない。品数の限られた小さな店を始めた。

提案するのは生活に寄り添う音楽だ。ジャンルで分類せず、「day」「night」「rain」など日常のシーンに似合う作品をそろえる。「うちはなんでもある店ではない。扱う作品はすべて、『雨と休日』というフィルターを通して選んだもの。だから商品を売るというよりは、好きな音楽を友人におすすめする感覚に近い」と、サブスクのレコメンドとは違う出会いがある。

ストリーミング再生が当たり前になった今、CDを選ぶ理由は? 寺田さんはその魅力に「デザイン性」と「時間」を挙げる。趣向を凝らしたジャケットからは、音楽の領域を越えてアーティストの表現を感じ取れる。また、最後の曲が明確なことも味わいの一つだ。
「一枚のCDで大体1時間くらい。それだけの時間を、音楽と一緒に過ごすこと。終わりがあることが大切だと思うんですね。終わりがあるから、一つの作品として意識できる」。音が消えればこそ、余韻は聞こえてくる。

おすすめの作品を一つ紹介してもらった。
森ゆに『solitary』
「シンガーソングライターの森ゆにさんが2023年に出した作品です。solitaryは『独りの』という意味。ジャケットのデザインはギタリストの青木隼人さんによるもの。封筒の形をしていて、ケースまで紙で作られています。ひとりの時間に、じっくり聴いてほしい。音楽がとても近くに感じられるはずです」

音楽を丁寧に聴くことは、時間を大切にすることなのかもしれない。「個人的にはなにかをしながら聴くのが好き。ドライブ中とか。シーンに合うものを選ぶ楽しさはあります。同じ1時間でも、音楽があれば少し違う時間になるでしょうから」

家に戻ると、猫が布団で丸まっている。物音を立てないよう慎重に、デスクランプだけを点けて原稿を書く。スピーカーで好きなアルバムをかける。音の合間に、猫の寝息が聞こえる。
やがて音楽は鳴りやむだろう。そのとき、わたしは耳を傾けるのだ。
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Edit & Text & Photo : Hiroto Goda









