BRUDER

メニュー 検索する
閉じる

御徒町で“最深”のひとり時間 宝石のカフェで青の世界に沈む

目抜き通りに伸びる一本のわき道。「東京」をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回はJR秋葉原駅で電車を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)

御徒町「Andart 海と宇宙と鉱物とカフェ」

長い散歩を習慣にしている。目的はダイエットでも、街散策でもない。季節や時間を選ばず、長い道のりをひたすらに歩く。そうすると、自分の底に触れられるような気がする。

秋葉原で電車を降りた。個人的に、東京の多様性を最も意識する場所だ。人工的なオフィスビルときらびやかな趣味の世界が共存する。「ちいかわ」のぬいぐるみを手にした外国人観光客が、嬉しそうに写真を撮っていた。銀座から歩いてくると、街の変わり様が面白かったりする。

だが、自分の世界に浸るには向かないかもしれない。至るところでキャラクターと目が合うので、そのたびにドギマギしてしまう。独り笑いを他人に聞かれたときのような。電気街を足早に抜けた。

裏路地を通って御徒町まで歩く。駅に近づくにつれて、ジュエリー店の看板が多いことに気づいた。通りの名前も、サファイアストリート、ルビーストリート、ひすいアベニュー…と続く。御徒町は宝石の街なのだ。

アメ横の賑わいが聞こえる前に引き返し、住宅街に入る。あまりに閑静で、もう発見はないかと思った矢先、コバルトブルーの建物が目に飛び込んできた。ショーウィンドウに地球儀や望遠鏡、きらきらした青い球が飾られる。午後の早い時間帯だったが、一足早く、そこにだけ夜が来たようだった。

扉を押すと、世界がきゅっと縮んだ。室内を照らすのはぽつぽつと点いた電灯だけ。外気の音は消え、取ってつかめるような静寂が宙を漂っていた。アンティークの棚には宝石や陶磁器、壁には空を飛ぶクジラの絵などがかかる。すべて海や宇宙、鉱物にまつわるものだ。

「Andart 海と宇宙と鉱物とカフェ」はジュエリーデザイナーの橋本章聖さん、文香さんの夫婦が2016年にオープンした。きっかけはアクセサリーの制作、販売、アフターケアを行うアトリエを作ったこと。「せっかくならジュエリーの要素に浸れるように」(章聖さん)と世界観を肌身に感じられる空間を併設した。

海と宇宙というテーマは、2人で見た景色から来ている。別の仕事をしていたころはよく海へ行った。時刻は月の浮かんだ真夜中。墨のような色をした海と、星の瞬く闇を、東の空が白むまで眺めた。

文香さんは「夜の海って、空との境目が分からないくらい真っ暗。疲れたら海に行って、癒されていました」と回想する。店内デザインは、まさにその光景を描き出したようだ。

座席数は10に満たない。会話は筆談かささやきでとしているから、BGMの柔らかな音色だけが耳に響く。「カフェは一人だと気が引けたりするけど、うちは少人数制なので、一人で過ごす方も多い。自分を見つめて、気持ちを癒す場所になれば」(文香さん)。人が心の隠れ家に沈めるような空間を提供する。

アトリエでもある店は、2人にとっても自分の世界に没頭できる場所だ。章聖さんは「自分たちが創った世界を、共有してくれる方がいることがすごくうれしい。私たち自身、店に関わること自体に没頭しているんです」と話す。

創作に集中して、帰宅が午前4時ころになることも日常茶飯事という。丸一日を“海の底”で過ごしても、外が真夜中では現実に戻った感はない。「店は来年で10周年ですが、ずっと、夢を見ていたようなものなのかもしれません」

端の席に座って、『海色のクリームソーダ』を頼んだ。ピアノの音に耳を澄ませ、深く深く、自分の底に潜っていく。どこへも辿り着かない暗中航行。それが心地よかった。

<関連記事>【自由が丘編】“盆栽=おじいさんの趣味”はもう古い 自由が丘の専門店が提案する生活の品



東京の道を曲がる

Edit & Text & Photo : Hiroto Goda

閉じる