
目抜き通りに伸びる一本のわき道。「東京」をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回は田園調布駅で電車を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)
田園調布「Blue Rabbit Distillery」

大人になって酒を嗜むことが夢の一つだった。夜中の入口に、親が缶ビールのタブを開け、かっと飲むさまによだれが出た。ワインにもウイスキーにも興味があった。学校でやったアルコール体質検査も問題なかった。しかし、わたしは下戸だった。
乾杯の杯が空く前から、顔が信号に照らされたような色になる。赤=停まれ、それ以上飲むな。それでも味は好きだし、学習欲は尽きない。今回、田園調布に向かったのはそんな好奇心によるものだ。

丸みを帯びた1月の陽だまりが駅前に満ちていた。改札を出て左手のオモチャの家のような建物は、1923年に造られた旧駅舎らしい。人声はなく、池の水がざぶざぶ流れる音が響く。ロータリーを通って住宅街に入ると、頭上で「ぱち・ぱち・ぱち」と音がした。見上げると、庭師が松の木を整えていた。

視界に入る家々はどれも信じがたいようなものばかりだ。弁慶も驚くだろう堅固なガレージに、槍のように尖った門扉、草花の奥に佇む豪邸。意外と散歩に向いた街なのかもしれない。カメラを構えていると、犬を連れたマダムに話しかけられた。
マダム「あなたユーチューバーかしら?」
筆者「いえ、違います」
マダム「カメラ持ってるからてっきり…。私はユーチューブやってるの。犬の動画をあげていてね」
犬(パピヨン?)はフード付きのダウンジャケットを着ていた。たぶんユニクロよりも高級だろうと思った。

住宅街を多摩川駅のほうへ抜け、車の行き交う環八通りまで出る。道路沿いに進むと、ハードボイルド風のウサギが描かれた看板が見えてきた。スコットランド人のマーク・スミスさんが営む「Blue Rabbit Distillery(ブルー・ラビット・ディスティラリー)」。ジンを中心に、ウォッカ、ラムといったスピリッツの蒸留、販売までを行う。

狭い店内が3つに区分けされる。青を基調とした手前の売り場は、酒屋というよりチョコレートブティックのような小洒落感。奥には大柄な機材が置かれた蒸留場と、製品の味をテストするラボエリアがある。子どもが絵に描く夢のお菓子工場のような雰囲気だ。

スミスさんはおよそ30年前に日本にやって来た。以前はワイン業界に勤めており、フランスのボルドーで暮らしたこともあったが、来日後は外資系のコンサルタントに。その後、コロナ禍を機に新たなビジネスの可能性を探り、行き着いたのがジンだった。
「お酒がもともと好きで。自分のブランドを立ち上げたいと思った。(2020年ころは)日本でちょうどクラフトジンが成長分野だったから、始めるにはちょうどいいなと」

何ごとも一人でやらねばならないから、準備には相当の時間を要した。オンラインスクールでジンの作り方や理論を学び、使いやすい機材を世界中のメーカーから選んだ。内装はほぼすべて自力で作り上げた。着想から3年後の2022年12月、ついに店はオープンした。
もとは「田園調布蒸留所」という店名も検討したそう。しかし、どうもぱっとしない。そんなある夜、夢に見たのが青いマティーニを持ったウサギだった。「ミスター・ラビットがね(笑)。それで、『ブルーラビット蒸留所』に。結構、変な夢を見るんです」

自らの発想力でブランドを築き上げてきた。アイデアの源は、好奇心の強い性格に由来する。世界中で出会った友人や場所からインスピレーションを受けてきた。趣味も多く、木目込み人形の制作や、小型飛行機の操縦、パラグライディング、DIY、スイーツ作りと実に幅広い。「人生は短いですからね」。新しいことに柔軟な姿勢は、ジン製作にも表れている。

ボトルの最大の特徴は、多様な材料を組み合わせることにある。看板商品の「シグネチャージン」は、新鮮な柚子の香りに、ヒノキや緑茶など味のバランスが特徴。「国や場所にこだわらず、カルチャーを柔軟に受け入れているよ。世界中の人々に、新しい体験を届けたいんだ」とボーダーレスな品を提供する。
繊細な味わいが魅力ゆえ、まずはストレートで飲んでみることを勧める。「きっといろんな味がするでしょう。私が作るジンは飲みやすいと思う。まろやかで、風味がある。一週間働いて、週末の夜にゆっくり味わってください」。スミスさんのお気に入りの飲み方は『ネグローニ』、『エスプレッソ・マティーニ』だそう。

取材後、一本購入したいと言うと、ご親切に8種類の商品を味見させてくれた。「参った、酔っぱらう」と思いながら、美味しいからついつい進む。駅に戻るころにはずいぶんいい気持ちがした。帰りの電車はよく眠れた。
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Edit & Text & Photo : Hiroto Goda








