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6:30AM 井の頭公園で見えるもの 五感を磨く早朝散歩のススメ

目抜き通りに伸びる一本のわき道。「東京」をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回は早朝4時30分に布団から這い出し、井の頭公園駅に向かった。(BRUDER編集部・合田拓斗)

井の頭恩賜公園

今回はレンズの話をする。ものを捉える目のレンズ。そこにはあらゆるものが映る。通勤時に例えると、ズームした電車が入ってきたと思えば、焦点の定まらない人の顔が現れ、フラッシュを焚くように車窓の風景が過ぎる。

歳を重ねて、レンズは多くを映さなくなった。表面にはたくさんの情報があるのに、モザイクがかって一部しか見えず、不要物の箱ばかりが膨らむ。挙句の果てには、大切なものすら見落とすことになるのだろう。

井の頭公園駅に着いたとき、辺りにはまだ夜の気配があった。時刻は午前6時30分。陰の伸びた駅前に、大気が耳のそばで寝息を立てるように流れる。蒸発する朝露のにおいがした。鼻の奥に眠気が残っていて、夢とうつつの間に立つ気がする。

公園に響くのは甲高い鳥の声だった。多彩な色の弾む休日とは異なり、早朝の風景は全体が緑の霧を被るように見える。青葉の茂る木々に、びっしりと藻を浮かべた池面。人声はほぼなく、影の噂話すら聞こえそうだった。一羽の鴨が池に滑り込むと、泡がぱしゃっと跳ねて、きらきら光った。

ボート乗り場にはスワンの群れが停まる。太陽を背中に浴びて、朝方の夢にまどろむようだった。ふと下を向くと、水面にもスワンの首がにょきにょき生えていた。

ベンチに座り朝食にメロンパンを食べる。時計を見るとまだ30分も経っていなかった。対岸の空に柔らかな春の雲がかかる。東側半分だけが黄金に染まっていた。雲を見ていいなと思うのは久しぶりだった。

急がずに観察すると、世界は縦にも横にも、斜めにも広がる。弁財天わきのベンチには老人とカラスが半分ずつ座っていた。老人はチェック柄のジャケットに黒い杖という格好。カラスは羽根を畳んで心地よさげだ。こんな会話が聞こえるようだった。

「すっかり春ですね。花や木が実をつけて、ホントにきれいだ」
「ええ、僕も春は素敵だと思います。木の実は好きだし、花の近くはいい匂いがするし」
「いい感性をお持ちですね。自然の恵みは目のご馳走ですよ」
「本当に。なんだかお腹が空いてきました」

林立する木々を抜けて吉祥寺通りへ出る。ジブリ美術館のわきで折れ、公園に戻ると広々とした原っぱだった。二つのコミュニティがあり、一つは円になってヨガをするグループ、もう一つは散歩犬たちの集いだった。

奥の木立の下に鉄棒が見えた。大人げもなく、腕試しがしたくなった。果たして、今の自分は逆上がりができるのか?

鉄棒は大中小と3つのサイズがある。一番大きいのは見上げるほど背が高い。全身を入念にストレッチし、人の目がないことを確認してバーをつかむ。地面を蹴ると、世界がぐわんと回転した。重力に引かれるのを感じた次の瞬間、足は元の場所に落ちた。遠くで犬がボールを追うのが見える。夢の覚める音がした。

駅へ戻る途中、頭上に迫る幹に身をかがめると、地面の小枝が目に入る。幼いころはこの棒切れが勇者の剣にも、魔法の杖にも見えたものだった。しかし、いまはもう思い出すことしかできない。

眼鏡をはずし、レンズを拭ってかけ直す。早朝と比べて、視界が晴れた気も、何も変わらない気もした。でもそれで仕方ないのだ。いま見えるものがわたしのすべてなのだから。

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東京の道を曲がる

Edit & Text & Photo : Hiroto Goda

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