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北アイルランドの道を曲がる 初めての海外で空を見たら

目抜き通りに伸びる一本のわき道。東京…ではなく、今回はイギリスをぶらぶらと散歩する。北アイルランドの道を曲がると、どんな出会いがあるのか。ジョージ・ベスト・ベルファスト・シティ空港で飛行機を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)

北アイルランド
ポートラッシュ/ベルファスト

初めに目に入ったのは雲だった。視界がぼやけたのは、15時間のフライトのせいか、はたまた気持ちが高ぶっていたせいか。機外に出ると、モネの絵に見たような空が広がった。雲は夏の水溜まりに映るようだった。生まれて初めての海外の景色だった。

ロンドンのヒースロー空港で飛行機を乗り継ぎ、北アイルランドのジョージ・ベスト・ベルファスト・シティ空港へ。都会に背を向けて1時間ばかり車を走らせ、ポートラッシュという街に着いた。「全英オープン」の取材でやって来たのだった。

本場の熱量をひしひしと感じた一週間だった。大会中の来場者数は28万人もいたそう。「ロリー! ロリー!」の大歓声とともに地元のマキロイを追う群衆には、泣きじゃくる子どもも、お洒落な若者もいた。ゴルフはここで国民的スポーツなのだ。羽根みたいに柔らかな金髪の少年、派手なピンクシャツの女性が次々に現れて、色が歩くみたいだった。

会場には試合の映像を流すモニターがあった。手前に“ヨギボー”みたいなクッションソファが置いてあって、人々は芝生に足を投げ出す。せっかくメジャー観戦に来てまで寝るなんて…と思ったが、この緩さが海外らしかった。

帰りの便は大会後の火曜日だったので、月曜日にベルファストの街を歩いた。灰色の空の下、断続的に降った雨のせいでアスファルトは湿っている。信号待ちをしていると、反対側から杖を突いた老人が歩いてきた。「大丈夫。渡っていいんだぜ」。赤だったが、車も少ないし、街の慣例に従うことにした。

右も左も牛ばかりだったポートラッシュとは違って、ベルファストは人の多い都会だ。大通りに出れば、スターバックスやバーガーキング、ケンタッキーといった馴染みのある看板も見える。ちょっとワイルドな丸の内という感じ。ウミネコに似た、賢そうな顔の鳥が闊歩していて、紳士が道を譲っていた。

昼はスターバックスに入った。アメリカーノ(ショートサイズ)と、グラノーラヨーグルト、イタリアンチキンフラットブレッドで12.5ポンド(約2500円)。イタリアンチキン―はピザをサンドイッチにしたような食べ物だった。ナイフがついていたが、パンが硬くて全然切れなかった。

旅のお供にヴァージニア・ウルフの『灯台へ』を持ってきた。スコットランドが舞台の作品で、近くで読みたかったから。長い夕時の風景を頭に浮かべていたのだが、実際に来てみて、なるほどと思う。イギリスの夏は午後10時でも明るいのだ。

トイレに入ってぼんやりしていると、いつの間にか閉じ込められていた。ドアはびくともしない。窓から助けを求めたが、正面の老婦人たちはお喋りに夢中で気づかない。諦めかけたところで、通りかかった男性と目が合った。「レシートに書いてあるパスワードを打つんだよ」。サンキュー・ソー・マッチ。頭を下げた。

大通りを抜けて住宅街に入った。茶色い外観の家が連なる。車の陰から、サッカーの赤いユニホームを着た男の子が飛び出してきた。たぶん2、3才くらい。目が合うと、もと来た道を駆け戻った。物陰に隠れ、ひょこひょこと顔を出し入れしながらこちらを見る。目には警戒の色があった。宇宙からの侵略者にでも見えたのかもしれない。

翌朝、ベッドに寝転んで、空を見ていた。じっと目を据えていると、ずいぶん遠くに来たことが実感できた。同時に、雲を一払いしさえすれば、残してきた生活がそこにありそうな気もした。

帰りの飛行機は若い男性が隣だった。長い黒髪をポニーテールにしていて、食前には長いお祈りをしていた。日本に行くのは初めてだと言う。「『サンキュー』は日本語でなんて言うの?」と聞かれたので教えた。「アリガトウ」。彼が見る空を、想像した。

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東京の道を曲がる

Edit & Text & Photo : Hiroto Goda

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