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麻布十番の“リンゴの木” フランス人ケーキ屋と故郷の記憶

目抜き通りから伸びる一本のわき道。不意の出会いに心を引かれ、思わず“道を曲がった”経験はあるだろうか? 首都「東京」の街をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回は六本木駅で電車を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)

麻布十番「パティスリー・ル・ポミエ」

オトナになっても? と思われるかもしれないが、わたしはサンタクロースを信じている。どこか氷に閉じられた世界の果てに「サンタの街」があって、普段は子どもたちの夢を見たり、髭を蓄えたり、トナカイとトレーニングをしたりしている。そして聖なる夜には、プレゼントでいっぱいの袋を抱え、ソリの発着所から飛び立つのだ。

25日の朝にツリーの足元に駆け込まなくなったいまも、この時季になると胸が高揚する。子どものころの思い出が残るのかもしれない。実家ではサンタクロースに宛てた手紙と、ミルクとクッキーを用意するのが習慣だった。小さな食卓に立ち込めるガスストーブと、ケーキの甘い匂いを覚えている。

どうせならムードを存分に味わいたいと思い、六本木に出向いた。日が暮れた街にビル看板が灯り、列を作った車のテールランプがぼやけて霞む。オフィスワーカーたちの歩みは小さく、仕事を終えた解放感が漂っていた。黒いコート姿でゆったり歩く人々は、なんだか夜行性の遊牧民みたいに見える。

都内有数のイルミネーションスポットだ。駅を出て六本木ヒルズ66プラザを通り、外苑東通りに沿って道を下る。鮮やかな電飾をまとった木々が、見る人を誘惑するように並んでいた。夜空のような青、モミジのような赤、エメラルドのような緑…。人工灯ってこんなに種類があるのかと純粋に驚く。

けやき坂通りの雪を被ったような木々のイルミネーションは壮観だった。光の下では人々が白い息を吐きながら、まるで遊園地にいるみたいな顔でスマホを構えている。カップルが顔を寄せ合い、女子高生たちはTikTokを踊る。歩行者信号が青になるたびに東京タワーを写そうと道路の真ん中に人だかりができ、交通警備の笛が鋭く響く。

たしかに、イルミネーションはきれいだ。クリスマス気分も味わえる。しかし通りはあまりに華やかで、全身黒ずくめの“ほぼ空き巣ルック”ではそう長くいられない。

逃げるように路地を折れると、光は急速に闇に取って代わられた。ひとけはなく、ぽつぽつと等間隔に並んだ街灯が最小限に道を照らす。建物の向こうから喧噪が響いていたが、水中で聞こえる音のようにぼやけていた。夜の陰をどんどん歩く。

六本木さくら坂を抜けて麻布十番大通りを進み、雑式通りの端まで行ったところで気になる店を見つけた。2005年に北沢でオープンしたパティスリー「ル・ポミエ」の2号店。『ポミエ』はフランス語でリンゴの木を意味する。寝静まった商店街のなかで、お菓子の家のような外観が非現実的に映えていた。

アップルソースのような光に満ちた店内は居心地が良い。ショーケースにはフランスのクラシカルなケーキ、壁際には焼き菓子が並ぶ。印象的なのは床に敷き詰められた六角形のテラコッタだ。まるで外国の路地にいるような気がしてくる。小さなブティックには、フランス ノルマンディー出身のシェフ、フレデリック・マドレーヌさんの故郷への愛が詰まっている。

マドレーヌさんの子ども時代、家では母や祖母がよくケーキを焼いてくれた。物心ついたころから、夢はケーキ屋になること。14歳のときにパティシエの世界に飛び込み、今年で45年目になった。日本で店を開いたのは、「日本人と一緒に働くのが楽しかったから」。故郷から遠く離れた地で夢をかなえた。

こだわりは素材の味を活かすこと。パティシエになってしばらくは、世界の高級ホテルや3つ星レストランなどを渡り歩いた。「(高級店では)なにより素材が大切にされる。スズキを使った料理ならスズキそのものを味わうのであって、ソースやドレッシングではない」。究極の味を探求し、無駄のないクラシックなケーキに行き着いた。

創業以来のスペシャリテ(おすすめの品)が六角形の『ポミエ』だ。青森から届く新鮮なリンゴを採用。食べる前から果実の甘いにおいが漂う。ムースの内部に焼きリンゴが入っており、ケーキの甘みに、まるで果物をかじっているようなさわやかさが混ざり合う。

この時季になると思い出す風景がある。「故郷では、24日の夜にパーティをした。23時から教会に行って、1時間くらいミサに参加する。そして僕らが寝ているあいだにサンタクロースが来て、ツリーの足元にプレゼントを置いていく。朝になると箱の入った靴がいくつかあって、『きっとこの靴はフレデリックのだよ!』とか言いながら、みんなで開けていく。サンタクロースが来たよ! ってね」

結局、サンタクロースはいないかもしれないが、いるかも分からない。信じるか信じないかなのであれば、わたしはひっそり信じていきたい。

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Edit & Text & Photo : Hiroto Goda

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