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お洒落男子が始めた日本橋の洋傘専門店 雨に思い出すあの頃

目抜き通りに伸びる一本のわき道。「東京」をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回は日本橋駅で電車を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)

日本橋「小宮商店」

まだ幼かった頃、雨音は冒険の始まりだった。お気に入りの傘をさして、長靴を履く。通学路のすべての水溜まりに足を突っ込み、ぴちゃぴちゃと踊った。たった5分の道のりが10、15分と延びて、チャイムの音に慌てて駆け出した。

いつからか、雨のにおいがすれば道を急ぐようになった。水溜まりを避けるようになった。傘はコンビニで買うようになった。雨音は冒険の始まりではなく、日常への催促になった。

梅雨時らしからぬ日差しが日本橋に降り注ぐ。前日までの雨の名残りは消えていた。薄暗い橋の向こうに日本橋三越本店が見える。中山道を走る車にはアフターヌーン的な余裕感があった。この道をずっと行けば京都の三条大橋に着く。

コレド室町の交差点で道を折れる。人形町通りに入ったところで、スーツを着た女性に話しかけられた。どう見ても営業目的だったので、今仕事中で、と言うと「まだ何も言ってませんよ」。たしかにそうだと思ったので、足を止めた。やっぱり営業だった。

日本橋を離れるほどに、デザインより機能性を重視したビジネス街らしさが強まる。昼時で、歩道はシャツの袖をまくったオフィスワーカーでいっぱいだった。

水天宮通りの建物のすき間に細い道が伸びていた。路地を歩き、馬喰横山駅の手前で道を曲がる。人けの少ない通りを進むと、茶色地の玄関屋根と傘のシルエットが見えた。

素朴な外観はアナログの時代を思わせる。窓ガラスの先に、訪れた客の和やかな顔が見えた。1930年に小宮寶将(ほうしょう)さんが開いた「小宮商店」は洋傘の専門店。日本橋浜町にあった店舗が戦争で焼失し、当地に再建を果たして現在に至る。

横開きの扉をガラガラと引いて店内へ。木目を基調とした内装は柔らかな雰囲気だ。奥のカウンターまで傘がずらりと並ぶ。レディースは赤や黄といった明るい色が多く、メンズはスーツに似合うシックな感じ。鮮やかな布が点在するさまは、折り紙で作った花畑のようだ。

傘の専門店に来たのは初めてで、わびさび的な店内が目に楽しい。とはいえ、創業時も一般的だったわけではない。洋傘は高級品、ファッションの最先端だった。三越や高島屋といったデパートも、店の顔となる1階にブースを設けていたという。山梨県大月市出身の寶将さんは親戚が傘屋で、貴重だったシルクを手に入れることができた。そして何より、お洒落にはこだわりのある人物だった。

「当時も靴やカバンはあっても、傘にまで気を遣う人は本当に最先端。こだわりのある人だけだったみたい」と話すのは広報担当の加藤順子さん。単に雨や日差しから身を守る道具ではなく、ファッションアイテムとして傘を作る思いは当時から変わらない。

効率が重視される現代において、手作りを貫く。傘の形を決定する三角形の木型を作り、生地を裁断し、ミシンで縫製する。すべての工程を一人の職人が担う。「きれいな形の傘を作ろうとすると、微調整は欠かせない。それは手作りでしかできないと思うんですね」と信念がある。

傘を持ってみて、安物との違いが分かった。一つひとつの型に合わせて布を切っているから、表面がぴんと張って余計なしわがない。特徴的なのは縁の部分で、直線ではなく、美しい曲線だ。実際に傘をさすと、シルエットが絵に描いたように美しかった。また、開閉のしやすさや丈夫さといった機能性も追及されている。

完成品も貴重だが、作り手の道具はもっと希少だったりする。使用するのは現在は製造されていない単環縫いミシン。下糸がなく、伸縮性のある縫い目ができるので傘作りに欠かせない。「絶滅危惧種なので、壊れたら自分で直さなくちゃならない。職人はヤフオクで買ったりして」。いやはや、ヤフオクの品ぞろえもすごい。

デザインはマーケティングをもとに決定する。担当するブランドマネージャーの田川沙也香さんは「売れ行きや流行も意識しながら。データを作って、生地屋さんに渡して」と話す。デジタルをもとにアナログを生み出すのが面白い。「(デザインは)データ上だと線がくっきりしたものだったんですが、手作りによる『ほぐし織』では輪郭がぼやけて、それが味になる」と人の手にしか出せない柔らかさが魅力的だ。

田川さんは言う。「子どもって、気に入った傘を持つと雨が降っていなくてもさしたりしますよね。そういう純粋な気持ちでうちの傘を好きで、持ってもらえたらうれしい」

傘はもっぱらコンビニ派だったのだが、今度いいものをさしてみようか。あの頃のように、雨音がちょっぴり待ち遠しくなるかもしれない。

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Edit & Text & Photo : Hiroto Goda

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