
目抜き通りに伸びる一本のわき道。「東京」をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回は銀座駅で電車を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)
銀座「銀座菊水」
年齢を重ねる中で、一つくらいオトナの娯楽を学びたいと思う。例えば、パイプや葉巻。喫煙経験はないが、シャーロック・ホームズが吸っていたから。そもそも人はなぜタバコを吸うのだろう。
喫煙歴20年の同僚(シガレット派)いわく、なにかしらの“空気”を肺に入れることで気持ちが落ち着くらしい。それでは単に深呼吸すれば良いのでは?というと、急に歯切れが悪くなった。「合田くん、これは中毒だからね」

銀座を訪れた。聞こえるのは英語、中国語、タイ語などで、日本語の割合は限りなくゼロに近い。観光客の頭がきょろきょろと動くせいか、四丁目の交差点はうごめくように見えた。

春というより夏に近い日差しが、路面を眩しく輝かせる。高級ブランド店が並ぶ中央通りを歩いていると、束の間、ウィンドウに映る腕時計に目を奪われた。が、すぐにまた歩き出した。20代半ばの男がガラスの靴を履いたって、シンデレラにはなれないのだ。
三越まで折り返して東銀座に行き、みゆき通りを進んだ。それから中央通りに建つ目的の店に向かった。

高々と掲げられたTOBACCOの文字には、時代をひと回りしたような新鮮さがある。「銀座菊水」は1903年(明治36年)の創業だ。1884年から同じ場所にあったタバコ問屋を初代が買い取り、今年で122年目になる。

扉を開くと慣れない匂いが鼻をついた。バニラの甘さに、果物の酸味が混ざったような香り。両脇にカウンターのある細長い店内で、パイプや葉巻、キセル、シガレットなどあらゆるタバコ製品を販売する。ずらりとショーケースの並んださまは、一部の人間だけが知る宝石店のような上質さだ。
ウリは“パイプの品揃え日本一”。マニアックな逸品物から初心者キットまで、扱う商品は幅広い。「『敷居が高そう』とよく言われるが、そんなことはない。選び方から吸い方まで、丁寧に紹介しています」と話すのは課長の松舘貴さん。最近は土産用に立ち寄る外国人も増えたという。
電子タバコが主流の今、パイプや葉巻を選ぶ理由とは? どちらも吸うという松舘さんに魅力を聞いた。

ハンドメイドかマシンメイドかに関わらず、パイプは長く使うことで味が出る。「売っているものは、実は完成品ではないんです」。ヤニがつけば色が変化し、定期的に磨けば光沢が出る。内側にカーボンが溜まれば、味わいすらも深みを増す。時間をかけて連れ添うことで、世界にひとつだけの一本になる。
対して、その時だけの出会いを楽しむのが葉巻だ。どれだけの高級品も、時間が過ぎれば灰になる。一本1万円を40分で…というと割高に聞こえるが、時間に金をかけるのがいかにも大人の娯楽らしい。「贅沢品。でも、香りもコクがあって独特。それは葉巻でしか味わえないんですね」と人を虜にしてしまう“強さ”がある。

どちらも落ち着いた空間で味わいたい。一日のやることを全て終え、くつろぎながら過ごす至福のひと時。「私の場合は、特別なときに吸いたいですね」。店の常連には毎夜、夕食後に店を訪れ、喫茶店で吸うための葉巻を買いに来る客もいるという。

ここまで来て、吸ってみない選択肢はないだろう。
試しの一本に選んでいただいたのは、「チャズ シガリロ」という葉巻。一本90円。初心者向けで、吸いやすい部類なのだとか。
シガレットに比べて燃えにくい葉巻では、火力の強いジェットライターを用いるのが一般的だ。手本を見せてもらい、いざ実践。しかし、普段タバコを吸わないわたしはそもそも火が怖い。太平洋を泳ぐ子犬みたいに無我夢中だった。
松舘さんの「大丈夫ですか?」という声が遠くに聞こえる。葉巻をくわえ、おそるおそる吸い込んだ。口の端から、霊魂みたいな白い煙が上がった。「ああ、すごい、これ…」。チョコレートのような、コーヒーのような、コクのある苦み。ゴホゴホと咳が出た。涙が頬を濡らすのを感じた。

初体験はスマートにとはいかなかった。だが少なくとも、一つ大人の階段を上がった…はず。
未成年者の喫煙は法律で禁じられています。
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Edit & Text & Photo : Hiroto Goda








