BMW「iX3 M スポーツ」が示す「iX」とは似て非なる世界観

BMWの電動化の戦略が興味深い。というのも、昨秋にBMW「iX3」とBMW「iX」という、似たようなサイズのBEV（バッテリーに蓄えた電気だけで走るピュアな電気自動車）のSUVを同時に発表したからだ。「iX3 M スポーツ」は全長4740mmでホイールベースが2865mm。対する iXの各モデルは全長4955mmでホイールベースが3000mmと、かなり近いサイズ感である。

iX3は、エンジン車の「X3」をBEV化したもの。一方、 iXは基本骨格からBEV専用に開発したモデルで、同社BEVのフラッグシップという位置づけになる。

最高出力と価格も比較すると、iX3 M スポーツは最高出力286psで862万円。「iX xDrive40」は326psで1075万円。iXは4輪駆動、iX3は後輪駆動という違いはあるにせよ、サイズもパワーも、商品構成的には「カブっている」と思えてならない。

BMWは、なぜこの２台を同時に発表したのか。それは、iX3 Mスポーツを試乗することで理解できた。

前述したようにiX3 MスポーツのベースはX3で、BEVを連想させる青い挿し色が効果的に使われているほかは、内外装のデザインは変わらない。操作系のインターフェイスもエンジン車と同じだから、X3を知るドライバーは見慣れた景色に囲まれて、今までと同じようにドライブすることができる。

けれども、以前に試乗した iXは違った。上下がフラットな形になっているステアリングホイールや、空調やオーディオ、車両のセッティング変更をつかさどる大きな液晶タッチスクリーンなどにより、エンジン車とはまるで別の乗り物であることを強くアピールしていた。

走らせてみても、2台のキャラクターの違いは明確だった。iX3 Mスポーツは、「駆け抜ける歓び」の延長線上にある。もちろん、モーターならではの電光石火のレスポンスやスムーズさはエンジンとは別物だし、回生ブレーキの強度を最大にするとブレーキを踏まずに減速する、いわゆるワンペダルドライブも楽しめる。

ただし、ワインディングロードに足を踏み入れれば、よく知るBMWそのものだ。ステアリングホイールを切るとスパッと向きを変え、コーナーの出口でアクセルペダルを踏み込めば後輪が力強く地面を蹴る。モーターの制御が行き届いているから、後輪駆動だからといってリアタイヤが暴れることはない。前輪に駆動力が伝わらないことに起因するステアリングホイールの手応えのよさや、ノーズが気持ちよくインを向くあたりに、「FRっていいなぁ」と思わされる。

乗り心地は引き締まったもので、路面が荒れていると素直に突き上げを伝えてくる。それを不快と感じないのは、ショックがドライバーに集中するのではなく、クルマ全体でがっちりと受け止めてくれるからだ。硬いというよりも、ソリッドな乗り心地に感じる。

こうした乗り方をしていると、俊敏でパワフルなモーターも、絹のように滑らかな吹け上がりから「シルキーシックス」と称賛されたBMWの直列6気筒エンジンの進化版であるように思えてくる。

一方のiXは、もっとBEVらしさを強く打ち出した乗り味だった。エンジンを鼻先に置くエンジン車とは違って、BEVはバッテリーを床下に敷き詰めるから重心が低くなる。重心が低いから、足まわりを固めなくてもグラグラ傾かないので、サスペンションのセッティングをしなやかな方向に振ることができる。そこで、エンジン車に比べると、ふんわりと軽やかな乗り心地になる。

iXは、こうした乗り心地や静かさを前面に出して、いままでのBMWとは少し違ったテイストを狙っているように感じる。室内での会話や、高音質のサウンドシステムによる音楽など、スポーツドライビングの楽しさ以外にも充実した時間の過ごし方があることをアピールしている。自動運転の時代になれば、ここに映画視聴なども加わるのだろう。

結論として、iX3 Mスポーツは、BMWのエンジン車に親しんできた人がスムーズにBEVに移行できるモデルであるのに対して、iXはまったく新しい乗り物を期待する人のためのBEV。サイズもパワーも似通った2台のBEVには、それぞれの役割があるのだ。そして、この2台を作り分ける必要があるあたりに、100年に一度の大変革期を迎えている自動車メーカーの苦労が伝わってくるようだった。