
時代やトレンドに左右されることなく、長年愛用できるアイテムには格別な存在感がある。手にするだけで、これまで以上の満足感を得られ、自分自身もさらに磨かれていく。BRUDER編集部が選んだそんな『大人名品』と呼ぶにふさわしいアイテムを毎月紹介します。
大人名品vol.10
Johnstons of Elgin(ジョンストンズ・オブ・エルガン)『カシミヤストール』

冬の装いで“名脇役”と呼ばれるアイテムは数あれど、「Johnstons of Elgin(ジョンストンズ・オブ・エルガン)」のストールは一枚で主役に躍り出る。巻いた瞬間に伝わるのは、まるで空気をはらんだかのような軽やかさ。肌に沿って流れるように落ちるドレープ、ひと筋の光をすくう上品な艶。防寒具という実用を超えて、装いに静かな品格と余裕を与える。
1797年創業 スコットランドが生んだ名門の矜持

物語は1797年、スコットランド北東部の町エルガンに始まる。創業者アレクサンダー・ジョンストンは、羊毛を遠くの市場へ届けるため、自ら海運業に投資した商人であり製造者だ。当時としては稀有なその先見性が、のちのブランド哲学を形づくった。
息子ジェームズはさらに視野を広げ、アルパカ、ビキューナ、カシミヤ、キャメルヘアなど、世界中の高級天然繊維をスコットランドへ。その革新性はビクトリア朝時代の英国で、真の起業家精神と称され、英国産業の礎を築いた一人とまで語られている。
1840年代には、スコットランドの地域を象徴するチェック柄の「エステートツイード」を手がけて評判になった。貴族の狩猟服として、また炭鉱労働者の耐久服としても愛された。さらに1857年には、貴族ジョージ・ゴードン=レノックス卿のために『ダブルアルパカ鉄道敷物』を制作。“暖をとる布”に美意識を見出した精神が、200年以上にわたりブランドの根を育てたのだ。
一本の糸に宿る、誇りという伝統

ジョンストンズはいまも、エルガンとホーイックという二つの工場で生産を続けている。原毛の仕入れから、染色、紡績、織り、仕上げまでをすべて自社で行う垂直工場は、英国でも数えるほどしか残っていない。意図した色が濁らず、狙った風合いがぶれないのは、全工程を自社で完結させるからこそ。品質とは偶然の結果ではなく、信念と手仕事の積み重ねによってのみ生まれるものだ。

ひとつのストールが完成するまでにはおよそ30工程を要する。一人ひとりが布に敬意を払い、糸を導き、最後の仕上げでようやく“ジョンストンズらしさ”が宿る。速さよりも正確さを、流行よりも持続を。この静かな矜持こそが、2世紀を超えて受け継がれる真のクラフツマンシップだ。
光をまとう布、時間をまとう手

ジョンストンズのカシミヤが纏う艶は、ただの素材の美しさではない。遠い大地で育まれた繊細な繊維を、自然のリズムに寄り添いながら整え、丁寧に仕上げていく。その静かな工程のひとつひとつが、手に取った瞬間の柔らかさと、光を抱き込むような深い表情を生む。時間をかけて育てられた布は、まとう人に寄り添いながら歳月を重ね、ゆるやかに艶を深めていく。自然への敬意と職人の誠実な手仕事が交わるとき、この静かな循環が生まれるのだろう。
こうして生まれた布は、光をやわらかく包み込み、時間とともに艶を深めていく。手にすれば確かな重みがありながら、肩にのせると羽のように軽い。その矛盾の中にこそ、真のラグジュアリーが息づいているといえるだろう。
サイズで変わる表情、変わらぬ品格

ストールは、その大きさ巻き方ひとつで、まとう人の印象を大きく変える。細身のタイプは、ジャケットの衿元にすっと収まり、紳士の装いに“控えめな主張”を添える。ゆったりとした大判のストールは、肩にかけるだけで空気をゆるめ、どこか上質な余裕を漂わせる。
たとえば、冬のゴルフ場。車から降りてクラブハウスへ向かうほんの短い時間でさえ、大判のストールをさらりと羽織れば、いつものジャケットスタイルがワンランク上の気品を帯びる。布が生む陰影が表情に深みを与え、歩くたびに揺れるドレープが、その人の佇まいそのものを美しく見せてくれる。形が違っても、ジョンストンズに共通するのは“まとう人の格を引き上げる”という点。柔らかな光沢と流れるような質感が、冬の装いに静かな品格を宿し、さりげない日常の瞬間までも豊かに演出してくれる。
温もりの記憶 本物の贅沢とは静かで、あたたかい
1950年に入って、ジョンストンズはオーストラリア首相ロバート・メンジーズ卿の妻、デイム・パティに一枚のカシミヤショールを贈った。彼女は生涯その一枚を大切にし、没後、家族の手によってブランドのアーカイブへと返された。半世紀を経てもなお艶を保ち、柔らかさを失わなかったその布は、“時間の証人”である。ものをつくるとは、時間をつくること。一人のために仕立てた布が、世代を超えて語り継がれる。それは心の持続という贅沢にほかならない。
ジョンストンズのストールを纏うと、冬の空気が澄み、心の輪郭が整う。防寒具でありながら、心を整える装飾品。その温もりは、身体だけでなく、人生をも包み込む。大人の冬にふさわしい、最上級の静けさである。
お問い合わせ先
-
ジョンストンズ オブ エルガン https://johnstonsofelgin.com/ja-jp
Text : Yumi Takahashi
Edit : Junko Itoi








