クラシックカーに対するイメージは人それぞれだと思う。ベテランであれば自分たちと一緒に歳を重ねてきたクルマに親近感を覚えるのかもしれないが、若い世代は自分よりも年上のクルマに、まるで触れてはいけない骨董品のような印象を抱くかも知れない。
今回、BRUDERが敢えて古めのクルマ、いわゆるクラシックカーの世界に足を踏み入れた理由は、これまでの流れを踏襲したに過ぎない。
つまり、今現在手に入れることができる最上のクルマとは?という問いに対するひとつの答えが過去のモデルにあるからである。
専門的な分野では第二次世界大戦以前に生産されたクルマをヴィンテージカーと呼び、戦後から1970年代半ばのオイルショックあたりまでの生産車をヒストリックカーと区別することが多い。
だが、今回の目的はそういったマニアックなルールを紹介することではない。なぜクラシックカーが最上なのか、そして近年変わりつつあるクラシックカー事情について触れていこうと思う。
現代の自動車デザイナーにクラシックカー保有者が多いことはよく知られた事実である。法規的な絡みから極めて狭いルールの中でデザイン作業を行っている彼らが、自由な発想による伸び伸びとしたボディラインを描いた過去の名車に憧れを抱くのは当然の帰結かも知れない。
現代車は年を追うごとに厳しくなる衝突安全や歩行者保護といったルールの中で大きく重くなっている。そして車体重量の増加は、クルマのスポーティなハンドリングや燃費の敵であることもまた当たり前の事実としてある。
その対極として総じてクラシックカーの車重は軽く、技術的には稚拙な部分も多く残されているが、極めて純粋なのである。
部品レベルで見た場合にも、クラシックカーは現代のクルマでは得難いクオリティを持っている。現代のクルマはクオリティコントロールが行き届いたことでコストダウンが徹底されており、クラシックカーであれば金属で作られていたパーツがおしなべて樹脂製に置き換えられている。
また内装に使われている革やウッドパネルの質に関しても、化学的に処理された現代のそれは贅沢な素材を容易に用いることができた古きよき時代のそれに敵わない。
21世紀に入りクラシックカーの認知のされ方には大きな変化が起きている。これまではモノ好きのオモチャに過ぎなかった過去のクルマたちの価値が認められ、一部の車種の価格が高騰しているのである。
40億円以上で取引されるフェラーリ250GTOは特異な例だが、すでに生産が終了し現存数が限られているクルマばかりなので、状態の良いクルマは高値で取引されることが多い。
クラシックカーの価格高騰は、これから手に入れたいと考えている人にとって悪い話ばかりとは言えない。高値で取引されるようになったおかげで修理にコストを注ぎ込むオーナーや業者が増え、近年は部品の再生産も積極的に行われるようになっているのである。
かつて日本のクラシックカーは補修部品の供給が乏しく、走らせることが難しいモデルも多かった。近年は人気のあるモデルから徐々に部品の供給が増えているが、それでも輸入車には敵わない。
例えば古物大国であるイギリスが誇るミニやMGBといった大衆モデルは、現在でもなおボディシェルをはじめとする多くの部品が揃うし、ジャガー・ランドローバーは自らクラシック部門を立ち上げ、積極的に過去のアーカイブにも光を当てている。
先日行われたヘンリー王子とアメリカ人女優、メーガン・マークルさんのロイヤルウェディングで用いられた'60年代の名車ジャガーEタイプは、ジャガー・クラシックによってEV化されたモデルだったのである。
ドイツ車も部品の供給のみならず自動車メーカー自身がクラシック部門を立ち上げ、クラシックカーの保存をサポートしている。中でもポルシェ911は、50年以上に渡って血統が受け継がれていることもあって、多くの個体が今後貴重なクラシックとして扱われていくことになるだろう。
もちろんVWビートルも親しみやすいクラシックカーの代表格として知られており、こちらも補修部品の供給は充実している。これからクラシックカーの世界に入ろうという人にも向いているが、1台を孫の代まで乗り継ぐようなストーリーにも最適なモデルといえるだろう。
イタリアのフェラーリは、自社のクラシック部門であるフェラーリ・クラシケでレストアを受けた個体にサーティフィケーション(鑑定書)を与えており、これがステイタスを高めるものとしても扱われている。クラシック・フェラーリは絵画と同じように精巧な贋作が存在する世界なので、その扱いは他のクラシックカーとは一線を画するのである。
1950年代以降に作られたモデルで、しっかりと整備されている個体であれば、現代の交通においても実用することができる。だが多くのクラシックカー・オーナーは、現代車と複数所有している場合がほとんどである。
休日の渋滞しそうなゴルフ場への往復や、天候が崩れそうな日は現代車を使い、「ここぞ」というシチュエーションにおいてクラシックカーをガレージから引っ張り出すといった塩梅である。 ウィークエンドハウスとゴルフ場の往復の為だけにガレージにクラシック・スポーツカーを忍ばせておくというのは、粋人がよく取る手段なのである。
現行車との組み合わせは、クルマ好きとしてのセンスが問われる部分だ。例えば現行のポルシェ911と1964年製の原初の911をガレージに収め使い分けているというのは多くのクルマ好きが夢見る理想の風景だし、使い勝手の良い現代のSUVと2シーターのオープンカーという組み合わせもメリハリが効いていてお互いの領域を侵さない。
クラシックカーはマニュアル免許を持っているだけで運転できるが、それでも現代車と比べれば時間的な余裕や、ちょっとした知識が必要になる。エンジンを始動した後しばらくの間暖機を行うのはクラシックカーの常套だし、走行中も五感を研ぎ澄ませて機械との対話を愉しむ心構えが欠かせない。
だがそういった経験と勘を必要とする所作の逐一が、人生を極めつつあるオトコを惹きつけるのも確かである。
平日のカントリークラブのエントランスに佇むクラシックカーは、オーナーの豊かな人生と確かな選択眼を代弁してくれる存在だ。伝統的な雰囲気や確かな質感、そして一生モノという観点で見れば、クルマの最上はクラシックにあり。誰でも辿り着けるわけではない奥深い世界観が、多くのゴルファーをも魅了しはじめているのである。