人間の根源的な欲求を分析 文豪・森鴎外の隠れた実験作

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・中澤佑さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

「ヰタ・セクスアリス」/森鴎外

誰もが知る文豪、森鴎外。留学中、ドイツ人女性との恋愛を元に描いた『舞姫』はとても有名です。『高瀬舟』や『山椒大夫』など、人生で一度は耳にしたタイトル作品を数多く残した日本近代文学を代表する巨匠。

そんな彼の多様な作品群の中でも、ひときわ異彩を放つのが、今回ご紹介する『ヰタ・セクスアリス』です。タイトルを直訳すると「性欲的生活」。鴎外自身を思わせる哲学者の、「性」にまつわる半生を描く自伝的な要素の濃い内容で、発表当時は掲載誌ごと発禁処分となったといういわくつきの作品です。

とはいえ、描かれるのは自らの欲求を冷静に分析し、人間の根源的な営みを紐解く日常的な物語。おそらく誰もが経験する、人前で話すことが憚られるような個人的な「性」との邂逅(かいこう)が淡々と描かれています。明治期の文化や社会風俗を知ることができるのも本作の大きな魅力。語られることは普遍的でありながら、ジェンダーを取り巻く社会環境は今のそれとはまったく違い、考えさせられます。

軍医を務めた作者らしい、自分の肉体をも突き放すような醒めた文体はどこかユーモアがあり読みやすく、大文豪の隠れた名作と言えるでしょう。

「ヰタ・セクスアリス」」/森鴎外(新潮社)/¥407(税込)

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COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 中澤 佑

2017年日本出版販売入社。企業内ライブラリーや商業施設のブックディレクションを手掛け、2023年より文喫 副店長として企画選書や展示など、本のある空間プロデュースを行う。

Edit : Junko Itoi

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