スープは寒い季節のうちに 心を温める物語

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・中澤佑さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

「それからはス-プのことばかり考えて暮らした」/吉田篤弘

思わず興味を惹かれてしまうタイトルの本作は、路面電車が走り、どこか懐かしい空気が漂う架空の街が舞台の連作小説集。会社を辞め、ふらふらと日々を無為に過ごす主人公の“僕”は、ひょんなことから「トロワ」というサンドイッチ屋で働くことになります。そこで店主のアンドゥ(安藤)さんやその息子、大家のマダムや、往年の女優あおいさんなど、少し風変わりで魅力的な街の住人たちとの交流を通して、自分の居場所をささやかながら作っていきます。全編を通して描かれるスープやサンドイッチの描写は登場人物たちと同じくらい印象的、なぜこんなに美味しいのだろう、という主人公の驚きがダイレクトに伝わってきて、読む人の胃袋を大いに刺激します。

――本当においしいときは、「おいしい」などと味わうより早く反射的に野生の声しか出ない。「おお」だの「うーん」だのと緑色をすくっては呻き、黄色をすくっては、「おお」と「うーん」を繰り返した。――

――本文より

小説を読んでいても同じように感じることは多いのではないでしょうか。どんな「出会い」にも感動でき、心の反射神経抜群の登場人物に癒される作品です。

「それからはス-プのことばかり考えて暮らした」/吉田篤弘(中央公論新社)/¥692(税込)

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COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 中澤 佑

2017年日本出版販売入社。企業内ライブラリーや商業施設のブックディレクションを手掛け、2023年より文喫 副店長として企画選書や展示など、本のある空間プロデュースを行う。

Edit : Junko Itoi

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