訪れたことのない場所、壮大な時間を「本」で旅する

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・及川貴子さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

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「自転車泥棒」/呉明益

日増しに暖かくなってきました。今年の春は雨が多いような気がします。今回は、室内にいながら、遥かな旅をした気分になれる小説をご紹介します。

物語の主人公は、失踪した父とともに消えた古い自転車の行方を追ううちに、大きな歴史の流れに引き寄せられていきます。台湾を舞台にした家族史に始まり、自転車史、生活史、工芸史、自然史、さらには日本など国外を含む戦争史にまで広がるストーリー。読んでいる私たちも、壮大な時間の流れを旅することになります。

時空を超えたその所どころで、想像したこともなかった景色が目の前にありありと広がるのも楽しみのひとつです。一昔前はよく見られたという視界を埋め尽くすほど蝶の群れ、南国の森の中を走る自転車に乗った兵士たち、何人もの人がその上で暮らせるほどの密度濃い大樹、戦争に動員された象の行軍…。その場の光や湿度さえも感じられそうに描かれています。

著者自身も「自分では永遠に訪れることがなかっただろう場所にまでつれていってくれた」(著者後記より)と明かすほどに、読者にとって思いがけない広がりのある体験になるはずです。

「自転車泥棒」呉明益著、天野健太郎訳(文春文庫)/¥1,155(税込)

COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 及川貴子

2018年日本出版販売入社。2022年4月より文喫 六本木副店長兼ブックディレクターとして、企画選書や展示イベント企画、本のある空間のプロデュースなどを行う。

Edit : Junko Itoi

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