五感を刺激する『檸檬』の香り 純文学で自分を取り戻す

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・及川貴子さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

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『檸檬 改版』/梶井基次郎

今回ご紹介したいのは、高校教科書でもお馴染みの不朽の名作、梶井基次郎の『檸檬』です。梶井の文章の魅力は、描写したものをそのまま読者に見せ、感じさせる力だと思います。文字だけで、五感が刺激されるのです。

『檸檬』の主人公は、「えたいの知れない不吉な塊」を心に抱え、好きだった詩や音楽も楽しめなくなってしまいます。仕事や生活の雑事に追われ、趣味の時間がなかなか取れなかったり、集中力が続かなくなってしまった社会人。主人公に自分を重ねる人も多いのではないでしょうか。

彼の憂鬱は、一つの檸檬によって紛らされます。読者も、彼と一緒に檸檬の心地いい冷たさと重さを手のひらに感じ、爽やかな香りを胸いっぱいに感じます。この檸檬で憂鬱な場所を爆破するラストシーンは言うに及ばず、作中には他にもさまざまな、主人公の心を癒すシーンが登場します。

梶井は、この物語の原型となる小説をいくつも書いています。選び抜かれた結晶のような彼の言葉の数々を読むと、自分の中にかつて存在した新鮮な感覚を思い出すような気持ちになります。なんだか気分が沈む、自分がわからなくなった、そんな時には梶井基次郎の小説を読んで、大切な感覚を取り戻してみてください。

『檸檬 改版』梶井基次郎(角川書店)/¥440(税込)

COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 及川貴子

2018年日本出版販売入社。2022年4月より文喫 六本木副店長兼ブックディレクターとして、企画選書や展示イベント企画、本のある空間のプロデュースなどを行う。

Edit : Junko Itoi

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