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『長い一日』でなんでもない日常への愛着を実感する

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・及川貴子さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

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『長い一日』/滝口悠生

涼しい風を感じることが増えてきました。厳しい暑さが続いた夏も、そろそろ終わりそうな予感です。そんな時に、ゆっくり時間をとって読みたい本をご紹介します。

この物語は、小説家の夫と妻、学生時代からの友人たちの間で、次々に「語り手」を切り替えながら進行します。「語られる内容」は、住み慣れた家からの引っ越しのこと、お気に入りのスーパーマーケット、理由もなく突然涙が出てしまった時のこと、きょうのお昼に食べたいもの…など。

特別なことは何一つ起こりませんが、揺らぎ、溶け合う彼らの記憶と語りにつられて、いつの間にかこの本を読んでいる自分の記憶も溶け出していくような感覚が心地いい。布団の中でまどろんでいる時のような、温かい気持ちになることができます。

――のん気そうに見えたって、誰だって生きることに精一杯なのだ。どんな状況であれ、生きるというのは精一杯にならざるをえない。だから事後的にしか語れないということなのかもしれない。(中略)しかしそうなると私たちの生活にある現在進行形の愛着は、ずっと誰にも伝えられないままなのだろうか―

――本文より

作品を読みながら身を委ねていた温もりの正体は、溶け出した自身の記憶ではなく、まだ輪郭すらない現在の生活への愛着なのかもしれません。季節の変わり目に、少し立ち止まって、過ぎゆくかけがえのない時間を振り返ってみてはいかがでしょうか。

『長い一日』滝口悠生著(講談社)/¥2,475(税込)

COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 及川貴子

2018年日本出版販売入社。2022年4月より文喫 六本木副店長兼ブックディレクターとして、企画選書や展示イベント企画、本のある空間のプロデュースなどを行う。

Edit : Junko Itoi

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