夕暮れが早まり、しっとりとした夜の空気が心地よく感じられる季節がやってきました。そんな静かな秋の夜をゆったり楽しむ作品を、音楽ライターの栗本さんに選んでいただきました。
ジェンダーフリーの時代とはいえ、「甘いものが好き!」と堂々と言いづらい男性諸君はまだ多いのではないだろうか。スイーツ男子なんていう言葉があるものの、イチゴがのったケーキやカラフルなパフェを注文するのは少し勇気がいる。そんな“隠れ”スイーツ男子には、パイナップルケーキはいかがだろうか。台湾生まれの焼き菓子で、サクッとした歯ごたえとたっぷりと果肉が入った餡のマッチングが絶妙で、何度食べても飽きのこない美味しさ。数ある台湾土産の中でも100%喜ばれる逸品だ。もしも素敵なあの娘と部屋飲みする機会があったら、スパークリングワインにそっと添えてみれば、“できる”スイーツ男子と評価してもらえるだろう(たぶん)。
そんなパイナップルケーキを差し出すときのBGMにおすすめしたいのが、台湾の9m88(ジョウエムバーバー)が2019年に発表したアルバム『平庸之上 Beyond Mediocrity』。不思議な名前を持つシンガーだが、その音楽性はR&Bやジャズをベースにしていて、クールでめちゃくちゃかっこいい。ニューヨークの名門音楽学校であるスクール・オブ・ジャズ・アンド・コンテンポラリー・ミュージックで学んだ実力派で、どこかスモーキーな印象の歌声は、昨今のR&Bとは雲泥の差があるというと言い過ぎだろうか。
9m88『平庸之上 Beyond Mediocrity』(2019)
クールな声で歌うのが、英語ではなく中国語というのもポイントだ。ゆったりとしたグルーヴのタイトルナンバー「平庸之上」や軽快なビートと鮮やかな印象のメロディを持つポップかつソウルフルな「浪費時間」、まったりとしたメロウなリズムがどこかセクシーな「廚餘戀人」、80年代風のデジタルビートを取り入れたブラックコンテンポラリー・チューン「愛情雨」などアレンジのふり幅はあるが、そこにエキゾチックな言葉が乗ることで、バラエティに富みながらも統一感があるのは見事だ。台湾の新世代ラッパーLeo王(リオ・ワン)をフィーチャーしたヒップホップもあり、彼女の音楽性の包容力にも感心させられる。アルバムを通して貫かれる現代アジアのクールネスっぷりに、さまざまな可能性を感じられるのではないだろうか。
9m88(ジョウエムバーバー)は、竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」をカバーして日本でも話題となったし、SUMMER SONICなどの音楽フェスに参加し、、日本のアーティストとも共演するなど、彼女の音楽は国内でも注目されている。『平庸之上 Beyond Mediocrity』以降も力の入った楽曲を多数発表し続けているので、今後のさらなる活躍に期待だ。
甘酸っぱさとビターな味わいがありつつも、品が良くてスタイリッシュな味わい。まさにパイナップルケーキそのままではないか。というかなり無理やりな締めではあるが、言いたいことは9m88(ジョウエムバーバー)もパイナップルケーキもどっちも美味だということ。この2つを用意しておけば、きっとお目当てのあの娘も口説けます(たぶん)。
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栗本 斉
音楽と旅のライター、選曲家/1970年生まれ、大阪出身。レコード会社勤務を経て、2年間中南米を放浪。帰国後はフリーランスで雑誌やウェブでの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。ビルボードライブでブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。著書に『ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖』、『アルゼンチン音楽手帖』、共著に『喫茶ロック』、『Light Mellow 和モノ Special』など。2022年2月に上梓した『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)が話題を呼び、テレビやラジオなど各種メディアに出演。
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Edit : Yu Sakamoto