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秋の月を仰ぎみて聴くこの音楽、いとをかし。

各地で記録的な暑さが続いた9月も、ようやく秋の気配が漂い始めました。涼風が心地よく感じられるようになり、秋の夜長を楽しむ季節が訪れています。古くから続く月を愛でる風習に心を寄せながら、今回は文筆家・青野賢一さんがセレクトした音楽をご紹介します。

清少納言に従えば、秋は夕暮れということになるが、わたしにとっての秋は断然夜である。年を追うごとに気温が高まっている日本の夏は、夜になっても暑さの手をゆるめず、なかなか「をかし」という気分にはなりにくい。その反動からか、秋の夜の快適さは格別なものに感じられるからだ。


秋の夜が好ましいのはそれだけではない。中秋の名月と称される十五夜、それから十三夜と、月をめぐる行事があって、夜空を見上げるのもまた楽しい。太陰太陽暦(月の満ち欠けをもとにした暦)の8月15日の月を指す中秋の名月、今年は9月17日だったが、満月は実は翌日の18日。必ずしも満月ではないというのは案外知られていないかもしれない。ちなみにこの先、中秋の名月が満月となるのは2030年なのだとか。


AROOJ AFTAB『NIGHT REIGN』(2024)

過ごしやすい気候のなか、月を愛でることができるこの季節に何を聴こうかと考えたとき、まず浮かんだのがアルージ・アフタブの最新アルバム『Night Reign』だ。アルージ・アフタブはパキスタン出身で現在はニューヨークを拠点に活動するアーティスト。2022年の「第64回グラミー賞」で南アジアの女性アーティストとして初めてノミネートされ(最優秀新人賞)、楽曲「Mohabbat (モハバット) 」(2021年発表アルバム『Vulture Prince』収録)が最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス賞を受賞した。そんな彼女が2024年5月にリリースしたのが本作『Night Reign』である。

9曲のうち6曲がパキスタンの国語であるウルドゥー語、3曲が英語で歌われている本作の題材は夜。18世紀インドの女性詩人がウルドゥー語で書いた詩をもとにした楽曲や、夜にだけ花を咲かせ甘い香りを放つヤコウボク(夜香木、ナイト・ジャスミン)をモチーフとした曲など、どこかしっとりとミステリアスなムードを漂わせる内容だ。6曲目の「Last Night Reprise(ラスト・ナイト・リプライズ)」は『Vulture Prince』に収録の「Last Night(ラスト・ナイト)」の再録バージョンで、「月のように」という日本語タイトルがつけられている。客演としてジェイムズ・フランシーズ(ピアノ)、ジョエル・ロス(ヴィブラフォン)、コーシャス・クレイ(フルート)といった近年のジャズ・シーンを牽引するアーティストが参加しているが、通りいっぺんなジャズのイメージに回収することのできないサウンドを展開し、奥行きと新鮮さを有する良作に仕上がった。

中秋の名月は過ぎてしまったが、旧暦の9月13日、すなわち現代の暦の10月15日には十三夜が控えている。満月間近の十三夜の月を眺めながらこのアルバムを聴く、なんていうのも趣があるのではないだろうか。本作には「Whiskey(ウイスキー)」という曲も収録されているので、それにちなんでウイスキーを飲るのもいい。その際は月のように丸く削った氷を用意するのをお忘れなく。

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青野賢一(あおの・けんいち)/文筆家、選曲家、DJ

1968年東京生まれ。セレクトショップ「ビームス」にてPR、クリエイティブディレクター、〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年秋に退社して独立。ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論ずる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年に『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓。

Edit : Yu Sakamoto

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