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バーのマスターが考える「センスのいい男性」/bar bossa 店主・林 伸次

独自の審美眼と洞察力を持ち、各分野で活躍するスペシャリストを毎月お迎えして、センスの正体について探っていく連載「男のセンス学」。第4回はバーのマスターで作家の林 伸次さんが登場。奥渋谷で長年、カウンターの内側からたくさんのお客さんを眺めてきた林さんが考えるセンスのいい男性とは?

バーに行ったらメニューがなかった
あなたならどうしますか?

僕は渋谷で26年間バーを経営していまして、その前に修行したバーがメニューのないお店だったんです。お客様がカウンターに座ると、僕がおしぼりを渡して、「お飲み物はどうされますか?」と聞きます。するとお客様はキョロキョロと周りを見て「メニューをもらえますか?」とおっしゃるんです。「うち、メニューはないんです」と答えると、多くの方が固まってしまったり、「じゃあどうやって注文するんですか」と怒る方もいます。そういう時に「メニューがないんですね。そうですか。僕、そういうバーって初めてでして。すいません、ええと、じゃあ、僕ウイスキーが好きなんです。いくつかおすすめを教えてもらえますか?」とすぐに頭を切り替えて、バーテンダーを会話に引き込んで、自分の要望を伝えられる人がいました。

「バーではこういう風に飲むとスマートだ」とか「彼女がお手洗いに行っている間にお会計を済ませる」といった指南書のようなものがたくさんあります。それらをすべて心得て、そつなくこなせる人はスマートだなぁとは思います。でも僕が「センスが良いなぁ」「この人と一緒に働きたいなぁ」「もし僕が女性だったらこういう人とデートしたいなぁ」って思うのは、「何か困ったときに臨機応変に対応できる人」なんです。

例えば、僕のバーは「ワインとボサノヴァ」がコンセプトですが、お客様の中にはボサノヴァのライブ演奏があると思って来店される方がいます。そういう時でも「ああ。ライブがあると勘違いしていましたが、昔のボサノヴァのレコードをかけられているんですね。いやあ、こういうレコードもいいものですね」と、その場の雰囲気を読み取って気持ちを切り替えて楽しめる方を見ると「素敵だなあ、センスある生き方だなぁ」と思います。

ある時、若い部下を連れたお客様がいらっしゃり、その若い方がまだお酒に慣れていなくて、酔って気分が悪くなってしまうことがありました。そういうのって仕方ないですよね。その方はトイレに閉じこもってしまい、お店にも迷惑がかかりそうになった瞬間、上司の方がすぐに「マスターすみません。お会計をお願いします」と声をかけてくださったんです。しかも、その間に部下のためにタクシーを手配し、運転手さんにも「申し訳ありませんがよろしくお願いします」とフォローして、僕にも「失礼しました。また改めてゆっくり来させていただきます」と丁寧にあいさつされて、さっと立ち去られました。こういう場面こそ、柔軟に対応できる力って大切だなぁと感じた出来事でした。

旅先や飲食店など、いつもとは違う場所で想定外のことに巻き込まれることってたくさんあると思います。そんなときにその場に合わせて落ち着いて対応できる人こそ、センスのいい男性だと僕は思います。

林 伸次

バーのマスター/1969年徳島生まれ。レコード店、ブラジルレストラン、バー勤務を経て、1997年にbar bossa(バール・ボッサ)を渋谷で開店。著書多数。新刊『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』(幻冬舎)。

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Illustration : Masashi Ashikari

Edit : Yu Sakamoto

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