史実と創造が多層的に絡み合う「歴史小説」の凄みに酔う

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか?現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・中澤 佑さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

「宇喜多の捨て嫁」/木下昌輝

歴史上の人物が、作家の想像力と描写によって、創作とは思えないほど活き活きと描かれるのが「歴史小説」のひとつの醍醐味とするならば、本作ほど生々しさに満ちた作品は他にないかもしれません。

群雄割拠の戦国時代を生き抜くため、妻や娘を政治の道具とすることに何のためらいもない悪名高き戦国武将、宇喜多直家の策略と裏切りにまみれた人生が、本作のメインストーリー。絶えず死の匂いのする、血なまぐさい駆け引きの連続なのに、不思議と嫌な読後感がないのは、章ごとに視点が変化する連作小説の形式で、人物を多角的にとらえることに成功しているからと言えます。

乾いた文体で、ほとばしる情念を人物の身振りや行動で感覚的に伝えてくる表現力は、デビュー作とは思えないほど洗練されています。短いセンテンスでリズムを作り、乱世を生き抜いた一人の武将の生きざまを、怒涛のように描くセンスは、現代にふさわしい「歴史小説」のあり方かもしれません。

悪役として描かれることの多い宇喜多の複雑な人間性を知ることができるのも本作の魅力。普段、歴史小説をあまり読まない人にこそ読んでほしい、醍醐味がたっぷり詰まった作品です。

「宇喜多の捨て嫁」木下昌輝(文藝春秋)/¥847(税込)

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COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 中澤 佑

2017年日本出版販売入社。企業内ライブラリーや商業施設のブックディレクションを手掛け、2023年より文喫 副店長として企画選書や展示など、本のある空間プロデュースを行う。

Edit : Junko Itoi

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