平凡な男の人生を静かに肯定してくれる 美しい物語の余韻に浸る

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・中澤 佑さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

「ストーナー」/ジョン・ウィリアムズ

自分の人生が終わりを迎えたとき、一体何を思うだろう。もしかしたら後悔ばかりが頭に浮かぶのだろうか。なんであれ、それでも自分は自分の人生を確かに生きたのだ、と声高にではなくても静かに肯定することができるなら、それはとても幸福なことかもしれません。

主人公ストーナーは平凡で、ドラマティックとは程遠い人生を歩む男です。貧しい農家に生まれ、教師となり、友人や愛する人との出会いや別れを繰り返し、最後は独り静かに人生の幕を閉じます。本作は言ってみれば、ただそれだけの物語です。けれども、その詩情豊かな文章や、すべてを正面からまるごと受け止めるストーナーの不器用さが、この物語を普遍的なものにしています。

決して幸福とは言えない、むしろ苦難の連続といっていい彼の人生は、最後まで救いがありません。それでも読後に大きな充足感を感じるのは、ひとりの男がその「生」を生ききったことが伝わるからで、作者の愛が通奏低音のように響いています。

出版から半世紀も人々の記憶から忘れ去られていたにもかかわらず、復刊を機に欧米でベストセラーとなった作品自体の逸話も本作の魅力ひとつです。

「ストーナー」ジョン・ウィリアムズ(作品社)/¥2,860(税込)

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COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 中澤 佑

2017年日本出版販売入社。企業内ライブラリーや商業施設のブックディレクションを手掛け、2023年より文喫 副店長として企画選書や展示など、本のある空間プロデュースを行う。

Edit : Junko Itoi

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