部屋から一歩出ずとも楽しめる博覧強記の世界

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・中澤佑さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

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「雨の日はソファで散歩」/種村季弘

外に出るのが億劫になりがちなこの季節。家でゆっくり本を読む時間がとれるなら、いつもと違う世界に迷い込んでみるのはいかがでしょうか。

本書は、博覧強記とうたわれた評論家・種村季弘が最後に残したエッセイ集。迷宮のように込み入った数々の評論とはうって変わって、その語り口は軽妙で読みやすく、鬱々(うつうつ)とした梅雨の気分をサッと払ってくれるような豪快さがあります。題材は、東京の下町風情や自身の思い出、文化や芸術の批評ですが、ひとたび語りはじめれば、あれよあれよと広がる知識の数珠つなぎに、読む人を新たな地平へと誘ってくれます。

例えば「豆腐」。この平凡な食材一つとっても知識の扉は次々と開かれます。懐かしい豆腐売りのラッパの音色から、にがりと科学薬品との関係性、冷奴の風流な一名「水貝」にまつわる文学での記述や、豆腐好きのおもしろ逸話、日常食としての豆腐の在り方やそのうんちく、旅先での豆腐との出会い、そして絶品豆腐のエピソードや、味わうことが叶わなかった幻の豆腐への切なる想いまで。ここまでたったの10ページ。時空を軽々越えた脱線の連続ながら、一気に読ませる知識の深さと幅広さ。外にでることだけが世界との接点ではないことを教えてくれる1冊です。

「雨の日はソファで散歩」種村季弘(筑摩書房)/¥858(税込)

COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 中澤 佑

2017年日本出版販売入社。企業内ライブラリーや商業施設のブックディレクションを手掛け、2023年より文喫 副店長として企画選書や展示など、本のある空間プロデュースを行う。

Edit : Junko Itoi

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