
時代やトレンドに左右されることなく、長年愛用できるアイテムには格別な存在感がある。手にするだけで、これまで以上の満足感を得られ、自分自身もさらに磨かれていく。BRUDER編集部が選んだ、そんな『大人名品』と呼ぶにふさわしいアイテムを毎月紹介します。
大人名品vol.13
BROOKS BROTHERS(ブルックス ブラザーズ)『ボタンダウンシャツ』

“世界で最も真似されたシャツ”をご存じだろうか。それは、アメリカンクラシックスタイルの老舗ブランド「ブルックス ブラザーズ」が誇る名作『ポロカラー(ボタンダウン)シャツ』だ。誕生してから125年が過ぎたいまも、唯一無二の定番アイテムとして存在し続けている。
最も古く最も進化した衣服
シャツの起源は古代ローマ時代にまでさかのぼるといわれる。当時は一枚の布に頭を通す穴をあけた簡素な肌着だった。中世ヨーロッパでもシャツは下着の位置づけであり、人前で見せるものではなかった。名残は現代にもあり、フォーマルな場でジャケットを脱ぐことが無作法とされるのは、シャツが“内側の衣服”だった歴史を引きずっているからだ。時代が進み、仕立て技術が向上し、襟や前開きの構造が整えられていくにつれ、シャツは徐々に表舞台へと進出していく。流れを決定づけたのが、ボタンダウンシャツの誕生だ。
アメリカスタイルを築いた老舗ブランド
1818年のアメリカ建国からまもなく、当時45歳のヘンリー・サンズ・ブルックスがニューヨーク、マンハッタンの端で小さな衣料品店を創業した。彼が掲げた理念は「品質を最優先し、価値を理解する顧客にのみ販売する」というもの。やがて息子たちが事業に加わり、「ブルックス ブラザーズ」というブランド名で本格的に事業拡大を目指した。

1849年、 “既製服”という概念がまだ稀だった時代に、完成された服を世に出し、男性らを虜にしていった。とくに、ゴールドラッシュに湧く開拓者たちが店舗に押し寄せたという。既製でありながら高品質。合理性と品格の両立がブランドの核になる哲学となった。
小さな気付きから生まれたポロカラーシャツ
創業者の孫、ジョン・E・ブルックスは英国でポロ競技を観戦中、風に煽られないよう選手のシャツの襟先が、ボタンで留められていることに気づいた。その端正なたたずまいに、彼は可能性を見出した。1896年、彼はその着想を持ち帰り、自国での製作にとりかかった。こうして誕生したのがポロカラーシャツ、すなわちボタンダウンである。
1900年に一般販売されると、人気は瞬く間に広がった。折り返し襟と前開き仕様は、やがてドレスシャツの基本形となった。歴代の米大統領から芸術家まで、名だたる人物が魅了され、顧客として名を連ねた。なかでも、ポップアートの巨匠Andy Warhol(アンディ・ウォーホル)は、初めての広告報酬で白のポロカラーシャツを100枚買ったという逸話が残っているほどのファンだったと言われている。
アイビーが選んだ1枚

1950年頃からアメリカで流行り始めたファッショントレンドが、クラシカルなスーツにボタンダウンシャツ、レジメンタルストライプのネクタイを合わせる装いだ。いわゆる“アメリカントラディショナル”。象徴的存在が、ハーバード大学出身の上院議員、のちの大統領となる John F. Kennedy(ジョン・F・ケネディ)だった。彼の着こなしはアイビーリーグの学生や教授たちに影響を与え、“アイビールック”として定着していく。ボタンダウンは主役ではない。しかし、スタイルを成立させる不可欠な存在だった。
完成してしまったデザイン

ボタンダウンの魅力は、その完成度にある。襟先をボタンで留めることで生まれる自然なカーブは“スリーフィンガー・ロール”と呼ばれる。襟元に三本の指が入る美しいロールは、計算された設計の証でもある。ネクタイを締めれば端正に、ノーネクタイでも崩れない襟元は、着こなしの幅を大きく広げた。125年以上、ほとんど形を変えずに存続してきた理由は、機能と美しさを両立させた完成形だったからに他ならない。
時代を超えた定番

ボタンダウンシャツは現在では7つボタンが主流だが、かつては6ボタン仕様がスタンダードだった。80年代の6ボタンを再現した復刻シリーズも発売されている。ボタンの数が1つ違う、このわずかな差が全体の印象を変える。襟の開き、ロールの角度、Vゾーンの見え方、細部に宿る設計の意図は着姿へと反映されている。
シャツは主役にも脇役にもなり、時代が変わっても軸は揺らがない。それでいて、これほど語れる背景を持つアイテムは多くない。だからこそ、ボタンダウンは“最強の定番”と呼ばれるのだろう。
お問い合わせ先
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ブルックス ブラザーズ ジャパン TEL: 0120-02-1818
Text : Yumi Takahashi
Edit : Junko Itoi








