アクロバティックな野球小説が問う 国民性と日本文学について

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・及川貴子さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

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『優雅で感傷的な日本野球』/高橋源一郎

ゴルファーにも野球経験者が多いと聞きます。読書の秋、そしてスポーツの秋。今回は、その両方を同時に楽しめる小説をご紹介します。

この物語の世界ではすでに野球が滅び、死語になっていて、知っている人もごくわずか。誰も本当の日本野球のことを、阪神タイガースの優勝を、過ぎ去った黄金時代のことを知りません。元選手である主人公は、古き良き時代の日本野球再現のために、カフカやルナールの小説など、一見野球と全く関係ない様々な本から野球に関する記述を抜き出し、大学ノートに書き写していきます。

野球に関する7つの短編で構成された物語ですが、野球好きにしか楽しめない小説なのかというと、そうではありません。野球について語ることで、国民の精神を語り、結果としてその国の文学について語るという、著者曰く“アクロバティックな試み”のために書かれた小説なのです。例えば、野球用語が多く使われているのも、閉鎖的な内輪の言葉への批評、しかしその外に本質を表す言葉はあるのかという問いを含んでいて、どの業界にも当てはまる気づきを与えてくれます。

この小説は、現代のアメリカを代表する小説家のひとりであるフィリップ・ロスの『素晴らしいアメリカ野球』(原題:The Great American Novel)という作品がもとになっています。こちらもぜひ合わせて読んでいただき、日米の野球、文学の違いを感じてみるのも面白いのではないでしょうか。

『優雅で感傷的な日本野球』高橋源一郎(河出書房新社)/¥1,100(税込)

COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 及川貴子

2018年日本出版販売入社。2022年4月より文喫 六本木副店長兼ブックディレクターとして、企画選書や展示イベント企画、本のある空間のプロデュースなどを行う。

Edit : Junko Itoi

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