BRUDER

メニュー 検索する
閉じる

家族とは何か ――カンヌ国際映画祭グランプリ受賞『センチメンタル・バリュー』

© 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE

慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。

『センチメンタル・バリュー』/2月20日(金)公開

ある家族の在り方を精緻に描いたヨアキム・トリアー監督の『センチメンタル・バリュー』は、昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞するなど世界各地の映画祭で50冠に輝き、3月16日に開催されるアカデミー賞では作品賞や監督賞など主要8部門で9ノミネートを果たしています。

世界的に著名な映画監督でありながら、家族を捨てた父。舞台女優として活躍しながら、父へのわだかまりが消えない独身の姉。幸せな家庭を築き、一人息子を育てながら歴史研究に打ち込む妹。姉妹は母の葬儀で久しぶりに父と再会します。父は15年ぶりとなる新作の主役を姉にオファーしますが、彼女は脚本も読まずに断ってしまいます。その役はやがてハリウッドの人気女優に決まりますが…

本作は胸にくすぶる想いを伝えられずに生きてきた姉が、いかにして父と対峙し、その関係に決着をつけるかを見つめる物語です。同時に父の監督復帰作がどのように完成するかという、映画作りの物語も並行して描かれます。二つの物語は複雑に絡み合いながらやがてひとつに重なり、それぞれの愛憎があふれ出すさまが圧倒的な表現によって映し出され、観る者の胸を激しく揺さぶります。

かつて父の映画に出演した経験がある妹は、脚光を浴びる姉を少しうらやみ、幼い頃に家族の安らぎを得られなかった姉は、妹が育んだ家庭の温もりを渇望します。まるで性格が違う姉妹の関係は、互いを戦友のように信頼し合いながらも、どこかぎこちなさを残し、その微妙なバランスが物語に緊張感をもたらします。また映画作りにおいては、芸術家として生きる父の矜持と葛藤、役柄を極めようとする俳優の飽くなき探究や苦悩、監督と俳優というパワー・バランスの異なる二人の関係性などが丁寧に描写され、さまざまな示唆に富んでいます。登場人物それぞれが痛みや切なさを抱え、胸が張り裂けそうな岐路に立たされますが、作品全体としてはその行方を見守るような温かなまなざしが感じられます。それは誰もが自らの人生を深く掘り下げ、互いに“許し”と“和解”への道筋を探しているからでしょう。

重要な役割を果たすのが、姉妹が生まれ育ち、一族の歴史が染み込んだ古い家です。特に祖母が体験した壮絶なトラウマは、幼い父の人生や作品づくりに大きな影響を与えました。父は、その記憶が刻まれたこの家で復帰作を撮ろうと考えています。物語が家の視点から語られる場面があるのも、本作の表現の面白さの一つでしょう。

さまざまなレイヤーのエピソードを丁寧に描いた脚本と、それを鋭い切り口で提示した編集も見事ですが、何より素晴らしいのは俳優陣の演技です。オスカーにノミネートされた姉役レナーテ・レインスヴェ、父役ステラン・スカルスガルド、妹役インガ・イブスドッテル・リレオース、ハリウッド女優役エル・ファニングの4人には、繊細な表情と佇まいに何度もゾクッとさせられます。さらに、姉が想いを寄せる演劇仲間や、かつて父の撮影監督を務めた人物など、脇役も含め全員が興味深いキャラクターで、見事なアンサンブルを見せてくれます。個人的には2月にして早くも年末のベスト3入りが確定したと思えるほど感銘を受けた作品で、今からオスカーの発表が楽しみです。

<関連記事>主人公のCEOは宇宙人?前代未聞の衝撃的な結末『ブゴニア』

『センチメンタル・バリュー』 https://gaga.ne.jp/sentvalue_NOROSHI/



圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター

映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。

Edit : Yu Sakamoto

閉じる