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新海誠作品、初の実写化 切なすぎるラブストーリー『秒速5センチメートル』

©2025「秒速 5 センチメートル」製作委員会

慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。

『秒速5センチメートル』/10月10日公開

本作は、『君の名は。』(2016)で人気を確立した新海誠監督が、2007年に発表した同名の中編アニメ映画を実写化した作品です。小・中学校、高校、社会人という三つの時間軸で構成されている点は同じですが、原作ではエピローグ的だった短い社会人時代が丁寧に描かれ、新海作品らしい儚く繊細なセンチメンタリズムを見事に表現しています。

小学校で出会った貴樹と明里は次第に心を通わせながらも、引越しによって離れ離れに。二人の出会いと別れ、再会とその後という話の骨子はそのままに、新たな登場人物やエピソードが加えられ、既存のキャラクターにも深みが与えられています。原作の世界観に違和感なく溶け込む脚本が巧みで、物語の流れは自然。二人の心情がよりリアルに深く伝わってきます。

追加されたキャラクターやエピソードには、原作の中でさりげなく描かれていた部分を丁寧に広げたものも多く、印象的なセリフやアイテムもそのまま引用。音楽も、原作のスコアの一部がアレンジされて使用されるなど、作品全体から原作への深いリスペクトが感じられます。さらに、原作では主題歌として強い存在感を放ち、ともすれば長尺のミュージックビデオのような印象もあった山崎まさよしの「One more time, One more chance」が、本作では挿入歌としてより洗練された形で使われ、物語に深い余韻を残します。

心の距離と物理的な距離、夢見た人生と現在地、上べだけの関係性と都会の孤独…ただ「会いたい」とだけ願っていた幼い頃の純心が、いつの間にか擦り減ってゆく様は、痛々しくも切ない。大人になるにつれて貴樹の苦悩には、性別や年代を超えた人生の意味を問う切実さがにじみ出てきます。それが本作を切なく甘酸っぱい初恋物語にとどまらない、リアルで奥深い大人の人間ドラマへと押し上げています。原作を観ていないと分からないようなエピソードは一切無いので、初見の方にもオススメです。

この実写化は、青春の瑞々しい輝き、漠然とした不安や言葉にならない焦燥感だけでなく、原作の枠に収まり切らない“何か”までも表現しています。原作と出会ったその瞬間の衝撃や思い入れは別として、原作を超えたと言っても過言ではないかもしれません。

監督を務めたのは、本作が商業長編デビュー作となるの奥山由之。もともと写真家として知られ、CM監督としてポカリスエットのシリーズほか、小沢健二、米津玄師、星野源などアーティストのミュージックビデオを手掛けてきました。光を美しく捉え、感情を滲ませるような映像は新海作品とも共通しており、二人の相性の良さが本作で結実しています。俳優陣もそれぞれのキャラクターにマッチしており、なかでも幼い明里を演じた白山乃愛(しろやまのあ/2012年生)は新たな未来のヒロイン誕生を予感させる存在です。

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『秒速5センチメートル』 https://5cm-movie.jp/



圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター

映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。

Edit : Yu Sakamoto

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