日本最北端リンクスコースは日本のセントアンドリュース[稚内カントリークラブ (北海道)]

写真:相田克己 | 
文:Lisa Okuma (リサオ) | 
取材協力:稚内カントリークラブ

日本のてっぺん、稚内には昔、米軍兵士が進駐していた。宗谷岬からわずか43キロ先にサハリンがあり、東西対立で緊張関係にあったソ連(当時)の動きを見張るには最適の場所だったからだ。それにしてもインターネットもない時代に極東の日本、それも北端の極寒地で任務を命じられた米兵の辛さは相当なものだったろう。当時の司令官が「稚内の厳しい自然環境の中、勤務を続ける米軍兵士の福利厚生施設としてゴルフ場を造りたい。我々が造るわけにはいかないが、費用を負担するので造ってもらえないか」と稚内市長に相談したのも頷ける。もともとゴルフ場を造ろうという気運もあったことから、米軍の資金援助を元に、菅谷直氏の設計で1964年「日本最北端のゴルフ場」稚内カントリークラブが開場した。1992年にちょっぴり北に別のゴルフ場ができたことから、今では「日本最北端のリンクスコース」と呼ばれている。

一般的に日本のゴルフ場は立木が多く、池などを配置したいわゆる庭園型のコースが圧倒的に多い。だが、稚内CCは広大な丘陵地帯のゆるやかな起伏を大胆に活用したコースで、海沿いではないものの海から近い高台にあるため、海岸からの強い風が特徴。また、コース内に立木が少なくバーンとひらけていることからも、日本の「セントアンドリュース」と称されることが多い。つまり、かなり難易度の高いコースだ。ただ、地形を把握して、正しく風を読み(特に風の強い日にはグリーン上でも風を読み)、思ったところにボールを運べたときには他のコースで味わえない歓びを体感することができる。晴れていれば利尻や礼文その他の島々、さらに、澄んだ空気などの好条件下では、サハリンが見えることもある。そのとき17番ホールは「サハリンに向かって打つ」豪快な打ち下ろしホールとなる。今回は曇天で島はおろか空と海の境目すら見えず、必ずやとリベンジを誓った。

簡単に再訪を決めたのにはワケがある。北海道の端っこのコースなんてすごく遠くて不便だとイメージするかもしれないが、なんと稚内CCは稚内空港から車で2分。日本一空港に近いゴルフ場なのだ。「稚内空港には飛行機が駐機してないので、飛んできた飛行機に乗るんです。レストランから空港が見えるので、飛行機が着いたのを確認して、そこからお会計をしても間に合う。空港から2分ですよーと電話で言ってもだいたい信じてくれませんね(笑)」と、薄田誠(すすきだまこと)支配人。実際、空港から車で向かうと、空港の中にゴルフ場があるか、ゴルフ場の中に空港があるといわれても納得する距離感だ。また、どちらも公園の一部だと言えなくもない。円い形の神秘的な海跡湖、200種を超える植物と多くの野鳥が観察できる湿原「メグマ沼自然公園」だ。その証拠に、稚内CCのレストランには「メグマ沼自然公園 展望休憩室」として望遠鏡も設置されている。

さて、肝心のコースは、クチコミを見ると「キャディさんがいないとどうにもならない」という感想が多く、行く前は「そんなんゆうても。大袈裟やな」と高をくくっていた。が、実際に1番、スタートホールのティーインググラウンドに立ち、そのまましばらく立ち尽くした。「ど、どこに打つのかな?」どかーんとひらけた原っぱに、ピンフラッグもグリーンも複数個視界に入る。「あの、もさもさっとしたところに打ってください」とキャディさん。どのもさもさのことだろう。指さす先は広大な草原。フラットな地形ならなんとなくその方向で済むが、かなり起伏があるので落下地点によって明暗が分かれそうだ。放った打球は悪くない感じ。でもキャディさんの「ナイスショット」の声は聞こえない。フェアウェイに打てたのに「あ、右に転がってく…あ、深いラフ…」地面が固い。グリーンも同じ。最後の最後、球が止まるまで「ナイス」はとっておかないといけない。

広すぎて初めての人はきっとスコアにならない。障害物目標物がなにもないから向きが定まらず距離感も合わない。今までの経験値がまったく通用しない。GPSゴルフナビがこんがらがってホール間を右往左往してたぐらいなんだから。でもニンゲン、あまりにもいつもと勝手が違うと、なんだかクスクス面白くなってくるもんだ。おーし、やってやろうじゃないか!と闘志がわいてくる。失うものはなにもない!と。特に厄介なのはグリーンで、小さく狙い所が難しい。「アプローチは手前からが鉄則ですが」と薄田支配人。「大きな番手を使ってキャリーで直接グリーンに乗せてしまうと絶対に奥に転がり落ちるので」かといって手前から攻めろといっても「上手い人だとちゃんと打てるので手前でとまってしまうんですよねえ。本当に上手い人はグリーンが小さいぶんチップインも狙えるんですが」。ムリに狙わず、我慢強く拾っていくゴルフ、遠回りのようでそれが近道だ。。

なるほどキャディさんが生命線。なので基本はキャディつき歩きラウンドだ。手引きの電動カートではなく、キャディさんが後ろに仁王立ちになるターフメイトという立ち乗りカート。しかしまあ、あの起伏をものともせず、ズンズン進んでいくのが凄い。一度運転してみたが、ハンドルが軽く、小回りが利いてしまうので、キャディバッグを積んでの登り坂はかなりドキドキした。もちろん地元の経験者の中にはセルフや乗用カートでまわるひともいるが、初めてのひとは無条件でキャディ付きだ。「事故が起こりますから。迷子になりますし(薄田支配人)」。10回ぐらい行ったら覚えるかな。いや、生粋の方向音痴には何度行ってもホール間の移動で方向感覚を失う自信がある。ただ、まるで牧場のようにだだっ広いといっても、どこも同じような景色というわけではなく、ホールごとに特徴があるので、球を打つべき方向は覚えられるはずだ。

メンバーは地元のひとが9割。前もって予約はせず、当日の天候をみて連絡をしてくる。小さな街なのでみんな15~20分ほどで来られるからだ。したがって、キャディさんもほとんどが自宅待機。予約が入ると出勤してもらう。「平日で天気がよければ10~15組ぐらい。雨や風はもちろん、ちょっと暑かったり、そういう日はみんな来ません(笑)」。ちなみに稚内のひとは暑さに弱い。毎日ラウンドするような猛者でも、24~5度の日が続くと1~2日は休むそうだ。24度、適温ではなかろうか。「いや、23度の無風が快適です」(薄田支配人)。ずいぶんとピンポイントだ。でも、そう断言できる地域だからこそ、避暑地として訪れるひとが多いのだろう。ベストシーズンは7月末~8月。平均気温23度。2016年の最高気温は29.7度。「30度越えたらグリーンフィ無料というキャンペーンを10年間やってますが、一度も使ったことはないです」

地方から毎年わざわざ訪れる熱烈なファンもいる。一度来たら決して忘れない記憶に残るコースだから。あるいはリベンジせずにはいられない難しいコースだから。あとは、飛行機で全国のゴルフ場を渡り歩く飛行機ゴルファーにも人気だ。なにしろ空港からたったの2分なんだから。普通は記憶に残るといっても、風景や自分のおかした失敗や、池が大きかったとかグリーンが速かったという断片的なもの。しかし、ここ、稚内CCはそれらに加えてコース全景が記憶に残る。イメージが残る。「日本最北端」という言葉が残る。そして、風だ。予定していた日、もし強風が吹いていたら?地元のひとは風の強い日にゴルフをしようとは思わないので幸い(?)空いているだろうし、せっかくだからリンクス特有の風を経験してみるのも一興だ。スコア云々ではない、スケールのでっかいゴルフを体験してみたら、ゴルフ観、もしかしたら人生観まで変わるかも知れない。

来たことのあるひとはみんな言う。「よそにないコース」だねと。「空が広く、晴れてる日は雲が低くて手でさわれそうなぐらい」だと。シカやウサギなど野生動物もすぐそばまでやってくる。せっかく北海道でゴルフをするなら唯一無二の「日本のてっぺん」に行ってみるべきだ。そしてゴルフを満喫したならば、稚内には見るべきところもたくさんある。船で利尻島や礼文島に行くのもよし。7月中旬ならば礼文島にのみ生息する野生のランで絶滅危惧種の「レブンアツモリソウ」を見られるかもしれない。また、2004年に北海道遺産に指定された「宗谷丘陵周氷河地形」はここにしかない独特な景観なので絶対に見てほしい。約1万年前、氷河期に形作られたもので、地中の水が氷結、融解を繰り返すことにより平坦でなだらかな周氷河性の波状地を形成する。稚内CCと同じく、手つかずの自然、日本離れした雄大な光景に、太古の不思議を感じて息を呑んだ。

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