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『島とクジラと女をめぐる断片』で潮風を感じる夏の午後

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・及川貴子さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

『島とクジラと女をめぐる断片』/アントニオ・タブッキ

どこにいてもどんな時でも、あっという間に旅に出られるのが小説の魅力だと思います。今回は、夏にぴったりの、遠い島の潮風を感じられる美しい物語をご紹介します。

舞台は、ヨーロッパの最西端、ヨーロッパとアメリカのちょうど中間あたりにあるポルトガル領アソーレス諸島。温かい太陽と雨が降り注ぐ火山島です。ポルトガルを愛した現代イタリアの代表作家タブッキが、この島を旅した経験をもとに書き上げた物語は、詩的でどこか夢のようです。波間に浮かぶ青いクジラ、波打ち際まで迫るオレンジ畑、難破した船で造られた家々、魚を呼びよせる言葉のない歌……光り輝く風景が、次々に現れては通り過ぎていきます。

島の伝統的な捕鯨産業とその衰退にまつわるシーンの重なりが、遠い旅先にいるような、大らかで少し切ない気持ちを誘います。現実でも虚構でも、旅人はその土地やそこに暮らす人々のことを断片的にしか知ることはできません。しかしそこで見聞きした景色や会話は、自分自身の生活を問い直すきっかけを与え、時にその後の人生をそっと照らしてくれます。

日本を代表するイタリア文学者・須賀敦子がどうしてもこの本だけは自分で訳したいと熱望した一冊。詩情にあふれた言葉を旅して、リフレッシュできます。

『島とクジラと女をめぐる断片』アントニオ・タブッキ著、須賀敦子訳(河出書房新社)/¥814(税込)

COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 及川貴子

2018年日本出版販売入社。2022年4月より文喫 六本木副店長兼ブックディレクターとして、企画選書や展示イベント企画、本のある空間のプロデュースなどを行う。

  • Edit : Junko Itoi
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