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日本人初のカンヌ女優賞で話題 濱口竜介最新作『急に具合が悪くなる』

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慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。

『急に具合が悪くなる』/6月19日(金)公開

これまでカンヌ、ベルリン、ヴェネチアの世界三大映画祭すべてとアカデミー賞で主要部門を受賞し、世界から新作を期待される濱口竜介監督。最新作『急に具合が悪くなる』は今年のカンヌ国際映画祭でヴィルジニー・エフィラと岡本多緒がそろって主演女優賞に輝きました。この部門で日本人が受賞するのは初めてで、ニュースやワイドショーでも取り上げられ、大きな話題となりました。原作は哲学者の宮野真生子と人類学者の磯野真穂による同名の往復書簡集で、いくつかの改変と大胆なエピソードを追加し、濱口作品らしい濃密で豊潤な人間ドラマを完成させました。

パリの介護施設長として理想のあり方を模索するマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)は、舞台演出家の真理(岡本多緒)と偶然出会い、彼女の公演を観に行きます。互いにシンパシーを感じた二人はすぐに打ち解けますが、真理はステージ4のがんを患い、マリー=ルーは施設の切迫した問題を抱えていました。二人はパリの街をさまよいながら時を忘れて語り合い、心の深い部分にまで触れ合うようになります。命や仕事、社会のあり方まで、多岐にわたる会話は息をのむ面白さで、思わず引き込まれます。その独特な知的エンタテインメントは、会話劇の名手たる濱口監督の真骨頂でしょう。昼と夜、夜と朝のあわいを捉えた映像の美しさと、二人の自然な佇まいも相まって、深く印象に残ります。

濱口監督は人と人が分かり合おうとする難しさをさまざまな形で描きます。善悪や白黒では割り切れない立場にいる登場人物たちは、相手の話に耳を傾け、理解し、背景を読み取ろうとします。歩み寄ろうとするからこそドラマが生まれ、強く感情を揺さぶられます。一方で言葉は時に真意を伝えきれず、行間に込められた思いは宙に浮いたままになります。そこで濱口作品の特徴の一つである演劇が、身体を通じたコミュニケーションとして意味を持ってきます。本作では、真理の演出で一人芝居を演じる清宮(長塚京三)と、彼の孫で自閉スペクトラム症の智樹(黒崎煌代)が物語に深く関わります。また、真理がマリー=ルーの施設で試みる演劇の身体ワークショップも、大きな役割を果たします。

本作は共鳴し合う二人の女性が厳しい困難に直面しながら魂を分かち合い、今を生き、未来を見つめる物語です。同時にカメラは、周囲にいる人々にも向けられます。短い登場時間でも、血の通った人物造形と的確な描写によって、各々の人生が浮かび上がります。例えば施設がかつて精神病院だった時代から介護士として勤め、辛苦を味わってきた女性。認知症になった強権的な父親との過去の記憶に葛藤する息子。ほかにも多くの人物が、さりげない描写の中で意外な一面を垣間見せ、幾重にもドラマが広がります。俳優陣も主人公の二人と同じく、演じるというより、その場で役を生きているように見えます。それらがさらに作品を味わい深いものにしているのです。

物語の終盤ではそんな人々が一堂に会します。施設の職員も入居者も、患者も健康な人も、俳優も観客も、ヒトも猫も、そして言葉も身体も、笑いも涙も、生も死も、あらゆるものを飲み込んだ混沌が立ち現れます。それが収束した後には、静かで朗らかな希望の光の中に、新たな始まりが見えてきます。

理知的でありながら胸を揺さぶり、笑いも織り込まれた196分は、濱口にとって初の国際共同製作作品として、多くのフランス人スタッフ、キャストと共に9割をフランスで撮影。介護という新たな切り口から生と死を根源まで深く見つめた新境地であり、現時点での最高傑作と言えるのではないでしょうか。

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『急に具合が悪くなる』 https://www.bitters.co.jp/soudain/



圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター

映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。

Edit : Yu Sakamoto

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