慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。
『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』/6月13日公開
舞台はソウル。他人の目を一切気にせず、愛を求めて思いのままに生きるジェヒ。ゲイであることを隠し、愛を拒んで孤独に生きるフンス。本作は、世間からはみ出た真逆の性格の二人が偶然出会い、ルームメイトになったことから、“自分らしい生き方”を見つける物語です。『ベスト・フレンズ・ウェディング』(1997)や『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ(2002〜)などで知られる、“ヒロインとゲイ友”の関係を軸に、楽しく笑ってホロッと涙し、最後には勇気をもらえる、ちょっとビタースウィートなラブコメディーです。
ジェヒの自由奔放な生き方は、同性からは負け惜しみの嘲笑を浴び、男性からは気後れされて距離を置かれてしまいます。それでもめげずに恋愛に挑みますが、男を見る目がなさ過ぎで、マザコン、二股、DVと、選ぶのはいつもダメ男ばかり。日常とは反対に、恋愛だけは自分よりも相手を優先してしまいます。
フンスはゲイであることを母親にも言えず、生きることに希望が持てなかった時期もありました。幼い頃からの違和感や羞恥心に囚われ、人に心を開くことができず、彼氏候補といい雰囲気になっても本気にならないように自ら予防線を張ってしまいます。そんな想いを小説に書いて応募していることも、誰にも言えません。
“ヒロインとゲイ友”を描いた過去作では、ゲイのキャラクターがいかにもなファッションや話し方で笑いを取り、ヒロインの恋愛指南役としてステレオタイプ化されることが多くありました。今でもそんなイメージの登場人物を見かけますが、フンスは見た目や話し方ではゲイと分からず、内面もしっかりと描かれています。
そして二人は、一方が落ち込んで弱っている時にはもう一方が励まし、お互いの弱い部分を認め合いながら一緒に成長していきます。異質なものを排除して安心感と優越感を得ようとする“世間”に抗いながら、二人の絆は少しずつ深まっていくのです。
一緒に暮らせば、面倒なことも起こります。育った環境も性格も違えば、理解できない部分があるのは当然のことです。フンスは女性特有の悩みについて、ジェヒもゲイ特有の悩みについて、お互いにその恐怖や痛手について実感することはできません。さらに、まだ何者でもなかった学生時代が過ぎ、兵役に就いたり就職をすれば、背負うべき社会的責任も少しずつ増えてきます。それでも互いに相手を尊重しながら、理解しようと歩み寄って受け入れる。そして自分自身を愛することで、世界はより美しく生きやすくなるということを、この映画は肩肘張らずに楽しく教えてくれます。
本作は20歳からの13年間を軽いタッチでテンポ良く描いていきます。フェミニズムやLGBTQ+などの社会的メッセージも決してシリアスにならず、映像や音楽の美しさも尖り過ぎないセンスの良さ。全てのバランスが絶妙で、マジョリティに受け入れられるさじ加減が上手くはまっています。
そんな中に、契約書の朱肉の代わりに真っ赤なルージュを使ったり、何気なく会話に登場する有名傑作ゲイ映画のタイトルが後から思わず涙腺を刺激したり、フンスが「エレファント・マン」=世間から疎外された男のTシャツを着る自虐ネタなど、他にもシャレた演出がたくさん散りばめられています。何より序盤でさりげなく流れていたミュージック・ビデオが、終盤で大フィーチャーされて爽やかな感動を呼ぶので、要チェックです!
ジェヒ役のキム・ゴウンとフンス役のノ・サンヒョンは、その瑞々しい演技が話題を呼び、多くの演技賞を受賞しています。
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『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』 https://loveinthebigcity.jp/
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圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター
映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。
Edit : Yu Sakamoto