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今、世界が80年代のジャパニーズ・フュージョンに夢中なワケ


6月に入り、気分もどんよりしがちなこの季節。そんな憂うつを軽やかに吹き飛ばす作品を、音楽ライターの栗本 斉さんに選んでいただきました。

ジメジメとした梅雨がやってきた。雨が好きな人はいるかもしれないが、この高湿度を好むという話はあまり聞いたことがない。空の色と同じように気分もどんよりしてしまうし、洗濯物もすっきりと乾かない。おまけに、衣替えをしたばかりだというのに肌寒くて体調を崩す、なんてこともあるだろう。早くカラッと晴れ渡る夏空を眺めたいものである。

こんなときは、聴く音楽だけでもすっきりしておきたい。それこそジメジメした歌やむさ苦しいサウンドは避けて、スタイリッシュな音空間づくりを心掛けたいところだ。そんな時にぴったりの音楽がフュージョンではないだろうか。フュージョンとはジャズが様々な音楽ジャンルと融合(フュージョン)して発展した音楽であり、基本的にはジャズ同様に歌がないインスト(楽器だけの演奏)だ。ただ、ジャズに比べると比較的ポップで親しみやすい楽曲が多く、アーティストによっては心地良いBGMとしても成立する。

菊池ひみこ『Flying Beagle』(1987)

数あるフュージョンの中から選んでみたのが、菊池ひみこの『Flying Beagle』だ。菊池ひみこは、数々のセッションやサポートミュージシャンを経て、1980年に本格的にデビューしたピアニスト/キーボーディスト。力強さとロマンティシズムの両方を兼ね備えた演奏が魅力で、通算7枚目のリーダー作であり、1987年発表の本作もとても聴きやすい作品に仕上がっている。ブラスセクションも交えた迫力あるサウンドの「Look Your Back!」で景気良く始まり、2曲目は一転してヨーロッパの映画音楽のように流麗な「A Seagull & Clouds」を披露する。アコースティックなブラジリアン・ジャズを展開する「Fluffy」、陽気なリズムと軽やかなピアノが交差する「Baby Talk」、メロウな雰囲気がとても心地好い「The Second Summer」と、楽曲のタイプはバラエティに富んでいて、インストでありながら飽きさせない。

何よりも全体のトーンがカラッとした清涼感に包まれているのが魅力的だ。おそらく、テクニックは十分なのにそれを押し出しすぎない洗練されたバンド・アンサンブルの巧さと、主役であるピアノのクリアな響きのためだろう。聴いているだけで心も晴れ晴れとするし、周囲の空気を除湿していくような印象を受ける。詰め込み過ぎず、簡素過ぎず、重厚ではないが安っぽくも聞こえない。このあたりのバランスは、発表から40年近く経った今の感覚にフィットしているように思う。

実はこの作品、昨今では海外での人気が沸騰中なのだ。某動画サイトにアップロードされている動画は、インストでは比類のない850万近くの再生数を誇っている。しかもコメント欄を覗くと、9割以上が英語やスペイン語といった外国語。ビーグル犬のジャケットがキャッチーだからかもしれないが、とにかく大人気なのだ。この現象は菊池ひみこに限らず、高中正義やCASIOPEA(カシオペア)といった80年代のフュージョン全般に飛び火しているというから面白い。

いずれにせよ、80年代の作品だから古臭いと聴かずにいるのはもったいない。逆に今時、ここまで心地良く聴けるインストは稀有な存在だ。爽やかな空気が詰め込まれたジャパニーズ・フュージョンの傑作を味わいつつ、梅雨時の憂うつな気分を晴らしてみてはいかがだろうか。

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栗本 斉

音楽と旅のライター、選曲家/1970年生まれ、大阪出身。レコード会社勤務を経て、2年間中南米を放浪。帰国後はフリーランスで雑誌やウェブでの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。ビルボードライブでブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。著書に『ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖』、『アルゼンチン音楽手帖』、共著に『喫茶ロック』、『Light Mellow 和モノ Special』など。2022年2月に上梓した『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)が話題を呼び、テレビやラジオなど各種メディアに出演。

Edit : Yu Sakamoto

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