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真の怪物とは? 映画『フランケンシュタイン』が描く許し

慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。

『フランケンシュタイン』
一部劇場にて公開中/Netflixにて11月7日(金)より独占配信

“フランケンシュタイン”という名前やイメージは知っていても、その物語を詳しく知っている人は、あまり多くないでしょう。原作は1818年の出版以来、今も多くの創作物に影響を与え続けるゴシック小説です。本作はその原作に比較的忠実に、そして壮大かつエモーショナルに実写化しており、フランケンシュタイン作品の決定版と言ってもいいのではないでしょうか。ちなみにフランケンシュタインとは科学者の名前で、怪物には特に名前がありません。そして名前がないということ自体に、意味があるのです。

監督は『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)でアカデミー賞作品賞を受賞したギレルモ・デル・トロ。物語は、氷に閉ざされた北の海で救助されたヴィクター・フランケンシュタインの回想シーンから始まります。天才科学者のヴィクターは研究に没頭し、いくつもの死体を繋ぎ合わせた人造人間を生み出すことに成功します。しかし、人間をはるかに超える身体能力を持つ“怪物”を恐れ、ヴィクターはその存在自体を消そうとします。それでも怪物は生き延び、やがて知性と経験を手に入れて、再びヴィクターの前に姿を現します。

面白いのは、物語が中盤で怪物の視点で語られることです。そうすることで、人間ではない異物として差別され、迫害される怪物の感情がより立体的に浮かび上がり、物語に奥行きが生まれます。また、怪物の中に人としての本質を感じ取れる老いた盲目の賢人が、我々の心を打つと同時に、表面的なことに踊らされ、感情の赴くままに行動する現代人への警鐘を鳴らします。監督はこれまでの作品でも、周りから理解されない弱い立場の登場人物に寄り添い、生きづらさを感じる者の象徴としてクリーチャーを描いてきました。本作でも、美しくも特異な怪物を見つめる、監督の暖かな眼差しに強く胸を揺さぶられるでしょう。

本作では、ヴィクターの狂気と怪物の純粋さが対比されています。しかしヴィクターの幼少期に大好きな母が死に、強権的な父には愛されずに育ったことも描かれ、愛を渇望し憎しみを募らせる孤独な二人の姿が父子関係のいびつな相似形として重なり合います。ヴィクターと大変な苦労の末に生み出された怪物との関係は、今ならジェンダーを超えて母と子の関係とも言えるかもしれません。そして善悪の狭間で自分の存在意義について悩む怪物の姿は、青春期に自己のアイデンティティに苦しむ少年の姿にも見えるでしょう。

映像は全体的に明度の低いダークな色調の中に、ハッとするような赤が差し込まれる色彩設計が印象的です。そこに時折、崇高な光が射し込み、水と氷、炎がダイナミックに躍動するアクションはまさに映画ならではの醍醐味で、有無をも言わせぬ迫力にグッと息を飲んでしまいます。海辺の断崖絶壁にそびえ立つヴィクターの家と研究所を兼ねた石塔は、古色蒼然とした中に新しさも感じさせる建築です。そこに、サイバーパンクの要素も取り入れた機械類のデザインや怪物自身の美しさと不気味さがせめぎ合う造形が融合しています。さらにヴィクターの弟嫁であり、怪物と心を通わせるエリザベスの、格調と革新が共存する斬新な衣装など、ヴィジュアル的な見所も満載です。


他人を許し、自分を許す。そして憎しみを忘れる。それが今も世界に溢れる争いをなくすヒントになるのではないでしょうか。そんなことを考えさせられる、あまりに切なく美しい物語です。

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『フランケンシュタイン』 https://www.cinemalineup2025.jp/frankensteinfilm/



圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター

映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。

Edit : Yu Sakamoto

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