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日用品の物語、知ってますか? 神楽坂の雑貨屋で取捨選択を考える

目抜き通りに伸びる一本のわき道。「東京」をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回は東西線神楽坂駅で電車を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)

神楽坂「jokogumo」

部屋の模様替えをした。同じ系統ばかりの衣服、仕事の書類、猫のトイレ、学生時代から買い集める小説。あれこれを隅から並べると、空間はあっという間に埋まった。旅先で買った雪だるまの置物は廊下にはみ出た。丸まった背中に、どうも悪いことをしたなと思う。

神楽坂を訪れた。歩きながら、取捨選択の上手い街だと感じる。緩やかに傾斜する商店街はどこまでも辿りたくなる心地よさ。道は広くないのに、店の続くさまが窮屈でない。チェーンよりも小洒落た看板が目に入る。古いものも新しいものもあった。ワイン酒場やヨーロッパ風の雑貨屋、文具店などついつい足が止まる。

日が届かない裏路地も多くて、計画にない寄り道が増える。ひとけのない細道は物語の入口みたいだった。夢うつつでカメラを構えていると「もっと奥を撮らなきゃ!」と声がした。振り向くと、腕を組んだ男性が撮影監督風に立っている。言われたとおり先へ行くと、ああ、たしかに。おかげでいい写真が撮れた。

神楽坂を出て大久保通りのほうに抜ける。急な瓢箪坂を上がり、公園のわきを進むと気になる店があった。自然素材を生かした生活道具を扱う「jokogumo(よこぐも)」。玄関にはほうきやちりとり、ジョウロなど人の手を感じる物々が並ぶ。壁の藍色が黒板のようで、なんだか教室にいるみたい。

そっと扉を引いて室内へ。小さな空間に、暮らしの雑貨がゆとりを持って置かれる。照明は目に優しい夕日の色。BGMは耳を傾ければ聞こえる程度で、話し声はおのずとささやきに近づく。一歩進むたびに、床の木目がきしきし鳴った。

小池梨江さんが店を構えて16年になる。物の良さを伝えることが目的だったから、はじめはオンライン限定だった。しかし、一つひとつに個性がある手作りのものに、直接見たいという声が集まった。今ほど通信販売が普及していなかったこともあり、作家との関係づくりに苦労もあった。

小池さんは、「当時は女性が一人、ウェブでというと取り引きしてもらえないことも多かった。『伝えたい』想いは強かったから悔しくて。それなら、小さくてもいいから場所を持とうと思った」と振り返る。そもそも、開業のきっかけは地元香川県の産業廃棄問題だった。

自分の捨てたものが、知らぬ間に誰かを苦しめているかもしれない――。取り扱う品を決める際は、長く使えるもの、自然に負荷をかけないもの、処分後の行方が分かるものを基準にする。「変な話ですが、竹のカゴなら山に捨ててもそのうち自然に返る。物がどこから来て、どこへ行くか。目に見える範囲で完結するのはすごく豊かなことだなと」

だから、実際に作家のもとへ足を運ぶことを大切にする。作り手の顔が分かるから、ただ売りたいよりも伝えたい想いが前に出る。「(客の中には)最初は『可愛い』とか『素敵』で見てくれる人が多いと思うんです。そこを入口に、物の背景を知るきっかけになれば」。ウェブショップでは各商品のページに“物語”を添えている。

右の棚に並ぶかごバッグは豪雪地帯で作られたものだ。作家は米や野菜を育てながらほぼ自給自足の生活を送り、雪の降る季節に家にこもって手指を動かす。戦前の話を聞くこともあった。「当時は作った蓑(わらなどで作られた雨具)を抱えて、山を越えて街まで売りに行ったそう。目の前で話す人が、実際に生きた時代のこと。そういう出会いは宝物ですね」。物を見れば、自然と作り手の顔が思い浮かぶ。

つながりの意識は客に対しても同じだ。商品を売ったあとも、相談があれば丁寧に向き合う。「修理とかは作り手と相談をして。(作家が)亡くなっていることもあります。そのときは地域の、つながりのある方に相談すると『直してやる』と言ってくれたり」。一つの物にはじまった根が、人と人とを結び合わせていく。

正直、わたしは身の回りの物について何も知らなかった。限られたスペースに何を置くか、何を捨てるか。まずは目の前の雪だるまと、腹を割って話をしてみよう。

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東京の道を曲がる

Edit & Text & Photo : Hiroto Goda

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