
慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。
『国宝』/公開中
映画『国宝』が8月18日時点で興収105億円を超え、邦画実写映画歴代1位の『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年/173.5億円)にどこまで迫るか注目されています。この大ヒット映画に感動し、吉田修一の同名原作小説を手にした方も多いのではないでしょうか。

小説は800ページを超える長編ですが、李相日(リ・サンイル)監督は歌舞伎に生きる喜久雄(吉沢亮)と俊介(横浜流星)という、真逆の生い立ちを持つ二人にフォーカスしました。小説を読めば、誰もが魅了されるであろう喜久雄の幼馴染の徳次(映画の冒頭、幼い二人が歌舞伎を演じる)や、俊介の壮絶な逃避行のエピソードなどは、映画では大胆に割愛され、設定が変わった人物や新たなエピソードが加わり、ラストも異なります。それにより喜久雄と俊介の運命に翻弄される数奇な人生を、重厚な人間ドラマとしてより分かりやすく浮かび上がらせ、骨太な娯楽作品へと昇華しています。

小説では、二人に関わる人々とのドラマを心の内側まで深く細やかに描きつつ、歌舞伎や芸能・芸術の本質にも迫り、さまざまな思考を巡らせます。一方の映画は、映像でしか表現できない歌舞伎の実演が、じっくりと描かれています。最大の見どころは、主演二人による魂のこもった舞台シーンです。厳しい鍛錬の跡を感じさせ、誰もがその熱演に心揺さぶられるでしょう。また、舞台下から演者がセリ上がって登場する場面で、演者の視界がゆっくりと広がりながら大観衆が映し出される光景や、アップで映し出される表情は、まさに映画ならではの“体験”でしょう。音楽も小説にはない魅力で、弦楽器とピアノを多用したスコアは、本作が持つ格調高さと先が読めない物語の不穏さを体感させます。歌舞伎の舞台で実際に奏でられる三味線と唄の音に、少しずつスコアの音が融合されていく場面は、小説に描かれる現実と幻想が混じり合うような不思議な高揚感を味わえる表現として、胸に迫ってきます。

映画と小説、どちらが優れているかではなく、それぞれが特徴を持った独立した作品として、異なった感動を味わうことができるでしょう。優れた作品は互いに補完し合い、1+1が3にも4にもなるのです。李相日と吉田修一のコラボレーションは、『悪人』(2010)『怒り』(2016)に続く3作目です。その妙味は、現時点で最高の到達点に至ったと言えるでしょう。映画を気に入った人は小説を、小説を気に入った人は映画を、両方を味わえばその世界は広がり、より深く心に刻まれるはずです。
『国宝』ファンとして、この大ヒットを受けて是非ともスピンオフ作品で、徳次を主人公とした立身出世物語を見せて欲しいと願うのは、贅沢な望みでしょうか。 もっとも李監督がそれを撮りたがるとは、まったく思えないですが…。
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圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター
映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。
Edit : Yu Sakamoto








