慌ただしい年の瀬に、心穏やかになれる音楽を文筆家・青野賢一さんにセレクトしていただきました。
短い秋が過ぎて、気がつけばいつのまにか師走である。1年の終わり、そしてクリスマスのある月ということで、巷には賑やかでどこかそわそわしたムードが満ちている。忘年会やクリスマス・パーティーといったイベントごとで12月のスケジュールが埋まってしまっている方は少なくないだろうし、それほど予定がない方でも街を歩けばいやでも接するクリスマス・ソングやイルミネーションから、この時期特有のハイな雰囲気を味わうことになるのではと思う。
そんなことから、12月はなんだか落ち着きに欠けるところがあって、身体だけでなく気持ちの面でも疲れがたまってしまいがち。せめて自分が自由に使える時間は心の平穏を取り戻すことに努めたいもの。そうした観点から選んでみたのが、今回ご紹介するアルバムだ。
SAM WILKES, CRAIG WEINRIB, AND DYLAN DAY
『Sam Wilkes, Craig Weinrib, and Dylan Day』(2024)
本作はベーシストのサム・ウィルクス、ドラマーのクレイグ・ウェインリブ、ギタリストのディラン・デイという3者によるセッションをアルバムにまとめたもの。サム・ウィルクスはサックス奏者のサム・ゲンデルとの共作『Music for Saxofone & Bass Guitar』シリーズで注目を集めた。また星野 源の楽曲「Mad Hope」にも参加するなど、日本でも名の知られたロサンゼルスのベース奏者であり、作曲家だ。クレイグ・ウェインリブはヴィブラフォン奏者のジョエル・ロスのアルバムにも参加するニューヨーク出身のドラマー。ロサンゼルスを拠点に活動するギタリストのディラン・デイはシンガー・ソングライターのジェニー・ルイスの作品などにクレジットを見出すことができる。
録音のほとんどは南カリフォルニアのサン・バーナディーノ山脈を臨む屋外でのセッションを通じて行われたということで、ゆったりとした親密な雰囲気が感じられる。ナット・キング・コールやジョン・コルトレーンのパフォーマンスで知られるジャズ・スタンダード「Too Young To Go Steady」や、アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「How Insensitive」なども取り上げながら、アーシーで穏やかな世界をかたち作っている。それと同時に、安っぽい「癒し」や「リラクゼーション」とは無縁の創造性豊かな即興演奏を展開しているのが実に素晴らしい。
カントリー・タッチでありつつ、アンビエント・ジャズ的にも感じられる本作だが、不思議と聴く時間帯を問わないのがまたいい。トータルで30分ちょっとのアルバムなので、年末に向けてのこれからの時期、忙しい日々を過ごすなかで落ち着きを取り戻したいと思ったときに気軽に再生できるのも特筆すべき点ではないだろうか。せわしない時期こそ、自分のペースを見失わないでおきたいところ。このアルバムはそんなときに一役買ってくれそうな気がする。みなさん、よいお年を。
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青野賢一(あおの・けんいち)/文筆家、選曲家、DJ
1968年東京生まれ。セレクトショップ「ビームス」にてPR、クリエイティブディレクター、〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年秋に退社独立。ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論ずる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年に『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓。
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Edit : Yu Sakamoto