目抜き通りから伸びる一本のわき道。不意の出会いに心を引かれ、思わず“道を曲がった”経験はあるだろうか? 首都「東京」の街をぶらぶらと散歩すると、どんな出会いがあるのか。今回は上野駅で電車を降りた。(BRUDER編集部・合田拓斗)
上野「ROUTE BOOKS」
旅先に本屋があれば寄り道をし、あらすじも著者名も調べず、これと思った一冊を買うことにしている。衝動買いした作品は、ロマンを感じる出会いであると同時に、その時々の思い出ともリンクする。
最近はレンタル派やデジタル派も多いだろうが、わたしはもっぱら“紙の本を買う派”だ。スマホに「次に読む作品リスト」をメモしていて、数えてみると83冊もあった。そのため本屋へ行く際は事前に買うものを決めるわけだが、毎度ついつい、リストにないものを手に取ってしまう。表紙なのかタイトルなのか、惹かれる本があるのだ。
金木犀が香る季節になった。習慣的に本は読むが、「読書の秋」には微かに胸が弾む。紅葉に彩られた街に繰り出して、リストにない一冊を探したくなる。今回は文化の街・上野を訪れた。
改札を出ると、盛りを迎えたイチョウ並木が見えた。平日だというのに、駅前は人であふれている。ツアー観光客が輪を作って集まり、ベビーカーを押す家族が動物園に消えていく。制服姿の修学旅行生たちは走ったり、歓声を上げたりしていた。衝動のままに喜びを表現する幼さが、なんだか懐かしい。
落ち葉を踏んで噴水広場を通り、東京藝術大学まで歩く。公園にはストリートパフォーマーたちによるギターや笛の音色が響き、なんとも楽しげだ。道幅が広いからか、にぎやかなわりに騒がしいとは思わない。人声や音楽のすきまに、秋の鳥の声が聞こえた。
半円を描くように不忍池まで行ったところで少し休憩。それから大通りを渡ってアメ横商店街に向かった。戦後の闇市だったころの名残りか、アメ横にはむき出しの生気のようなものを感じる。これが公園のすぐ隣にあるから面白い。薄暗い窮屈な通りを、身をかがめるようにして抜ける。
区役所や高校のある入谷口まで行くと、辺りは閑静な住宅街といった風を帯びてくる。何度か角を曲がったところに、気になる路地があった。灰色っぽい感じのする道に、植物に隠れたような建物がのぞいている。
正面まで来てようやく正体がわかった。工務店のYUKUIDO株式会社が手掛ける書店「ROUTE BOOKS」。真向かいにある大工の作業場から漂う“秘密基地”的な空気感が、通りを挟んだお店にまで流れているような気がする。
手作りらしい扉を開くと、わずかな照明に照らされた店内が広がった。まるで本で作られた街みたいに、奥までぎっしり棚が続いている。コーヒーやお菓子を提供するカウンターがあり、購入した本を持ち込めるカフェスペース(カフェだけの利用も可)がある。昼時で人は少なくなかったが、ささやき声やページを繰る音のほかは、室内は心地いい静けさに包まれていた。
「10年前に工務店で引っ越してきて、たまたま前の敷地が空いていたんです」と代表取締役の丸野信次郎さんは話す。いわゆる本マニアが作り上げた“隠れ家”なのかと思いきや、自身はそこまでの読書家ではないそうだ。
「ただ、安易にカフェは面白くないなって。内装屋をやっているから、お客さんが集まれる場所として、本屋がいいなって思った。(隠れ家っぽい)はよく言われるけど、意識はしていないんですよね」。コツコツ手作りしたインテリアを並べるうちに、自然と雰囲気が構築されていった。
定期的に書店へ行く人であれば、本棚の並びに違和感を覚えるかもしれない。電車広告で見かける自己啓発本や、ベストセラーの類いが見当たらないのだ。「アマゾンのおすすめにあるような作品は基本置いていない」とセレクトにはこだわりがある。
いくつかの作品は、実はここでしか買えないものだったりする。「趣味でモノを書いたりしている人たちが『俺の本置いてくれない?』とか『詩集出したんだけど…』って持ってくるようになったんです。“産地直送”的な考えを大切にしていて、直接知り合った作家やアーティストのものをなるべく置くようにしています」。自身が好きな空間を作っているうちに、それに共感する人々が自然に集まるようになった。
駅前の書店では奥のコーナーに並びそうな本が次々と目に入るから、ついつい足を止めては手に取ってしまう。「うちはたぶん、『読む』という行為よりも、『探す』『手に取る』楽しみがあると思う」。直感が反応するまで、小さな店内を時間をかけて回った。
結局、2冊買った。どちらも本屋で出会った、運命を感じた作品だ。何十年後かに読み返す機会があれば、物語とともに、きっときょうのことも思い出すだろう。
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Edit & Text & Photo : Hiroto Goda