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速さだけでは終わらない アストンマーティン「DBX S」に宿る英国車の流儀

その昔、スーパーカー好きはフェラーリ「F40」の478psやポルシェ「959」の450psという高出力に驚かされたものだが、現在ではごく普通のスポーツカーでもそれくらいのパワーが出ていたりする。なんなら背の高いSUVでもそれ以上のパワーを持ち、直線だけでなくコーナーでも積極的にアクセルを踏めるモデルが増えている。

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今やアストンマーティンの重要な柱となった「DBXシリーズ」もそのひとつだ。今回試乗した最新モデル「DBX S」は、実に727psという圧倒的な最高出力を誇る。「そんな大馬力、日本で必要なのか」と思う人もいるかもしれない。しかし高級時計に対して「そこまで精密でなくてもいい」と言うのが野暮なように、アストンマーティンにとってパフォーマンスは合理性だけで測るものではない。ブランドが積み重ねてきた技術や情熱、その象徴として存在するものなのだ。

アルミニウム製のボディ構造や、メルセデスAMG製4.0リッターV8ツインターボエンジン、9速ATという基本構成は従来の「DBX707」と共通する。しかし今回の進化は単なる制御変更ではない。最高出力は707psから727psへ向上し、ターボチャージャーにはアストンマーティンのハイパーカー「ヴァルハラ」と同じ大型ユニットを採用。エンジンそのものに手が加えられている。

当然ながら、パワーアップに合わせて車体側も大幅に見直された。エアロダイナミクスや電子制御エアサスペンション、ステアリングフィール、電子制御デフなどあらゆる部分を最適化。フロントグリルのマトリックスパターンは専用品となり、フェンダーのスカットルには赤い「S」バッジを装着。縦2本ずつ並ぶ4本出しマフラーも、このモデルだけの特別な存在感を放っている。

シートに身を沈めると、着座位置は高いにもかかわらずスポーツカーのような一体感がある。タイトに身体を支えるシートや高く立ち上がるセンターコンソールが自然とドライバーの意識を走りへ向かわせる。スタートボタンを押した瞬間、V8が重厚な咆哮を響かせる。近年の高性能SUVでは控えめな演出も珍しくないが、このクルマは違う。エンジンが目覚める瞬間から特別な高揚感を与えてくれる。

今回は、その実力を存分に試せるサーキットでステアリングを握った。先導車はプロドライバーが操るDBX707。ストレートではアクセルペダルを踏み込むたびにV8ツインターボが力強く吹け上がり、2.2トンを超える車体を信じ難い勢いで前へ押し出していく。最高速が200km/hを超える領域でも不安感はまったくない。むしろ速度が上がるほど車体は路面へ吸い付くような安定感を見せる。先導するDBX707との距離がみるみる縮まり、ブレーキングポイントまで一気に迫っていく感覚は圧巻だった。

20psという数字だけを見ればわずかな差に思える。しかし実際に感じるのは数字以上の余裕だ。低回転域から厚みを増したトルクによって立ち上がり加速は鋭く、コーナー出口でアクセルを踏み込んだ瞬間の力強さには明確な違いがある。最高出力だけではなく、ドライバーが最も多く使う領域を磨き込んだ進化といえるだろう。

一方で、DBX Sの本質はパワーだけではない。走り込むうちに2.25トンという車重やAWDシステムの存在、さらにはSUVを運転していることすら忘れてしまう。大容量の電子制御エアサスペンションと電動油圧制御スタビライザーが車体の動きを巧みに制御し、大きな質量を感じさせないからだ。しかし、その自然なドライバビリティを支えているのは電子制御だけではない。アストンマーティンに限らず、英国車には長年受け継がれてきた独特の美点がある。タイヤがどれだけグリップしているのか。車体がどの方向へ荷重を移しているのか。そうした情報をドライバーへ自然に伝えてくれることだ。

DBX Sもまた、その哲学を色濃く受け継いでいる。コーナーでは適度にロールを許容しながらも挙動は終始穏やかで、ドライバーの操作に対して忠実に応える。だからこそ安心してアクセルを踏み込めるし、その結果として速く走れる。種明かしをすれば、DBXの開発にはロータス出身のテストドライバーが深く関わっている。軽量スポーツカーで培われた英国流のシャシー哲学が、この大型SUVにも息づいているのだ。

727psという数字は確かに圧倒的だ。しかしDBX Sの魅力は、そのスペックを誇示することにはない。豪奢な内外装をまといながら、ドライバーとの対話を大切にすること。そして速さの先にある操る歓びを磨き上げていること。速さだけでは終わらない。それこそが、このDBX Sに宿る英国車の流儀なのである。

アストンマーティン DBX S  車両本体価格: 3590万円(税込)

    • ボディサイズ | 全長 5039 X 全幅 1998 X 全高 1680 mm
    • ホイールベース | 3060 mm
    • 車両重量 | 2245 kg
    • エンジン | V型8気筒ツインターボ
    • 排気量 | 3982 cc
    • 最高出力 | 727 ps(535 kW)
    • 最大トルク | 900 N・m
    • 変速機 | 9速 AT

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Text : Takuo Yoshida

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