
アストンマーティンと聞けば、日常でそう頻繁に出会う存在ではない。英国の超高級スポーツカー──そんなイメージが浮かぶはずだ。それは間違いではない。だが、その実像は静かに、しかし確実に変化してきた。
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1950〜60年代、モータースポーツで栄華を極めた時代を経て、20世紀末までは優雅なスタイリングや内装の質感に評価が集まり、走りそのものにフォーカスされることは少なかった。だがアルミニウムシャシーの導入以降、そして21世紀に入り四半世紀が過ぎた今、ブランドは再び“走り”で語られる存在へと回帰している。その象徴が、F1グランプリへのワークス参戦であり、国内ではスーパーGTのGT300クラスで勝利を収めたヴァンテージGT3の存在だ。いまのアストンマーティンは、明確にパフォーマンスの側へと舵を切っている。

今回試乗した「ヴァンテージS」は、その流れの中で生まれた最新形。コンパクトな2シータースポーツである「ヴァンテージ」をベースに、走りの精度をさらに引き上げたモデルであり“S”という称号が与えられているのは必然ともいえる。

エクステリアに大きな変更はない。だが、そのたたずまいはより研ぎ澄まされている。跳ね上がるようなテールエンドにはカーボン製スポイラーが追加され、視覚的な緊張感とともにリアのダウンフォースを増加。21インチの専用ホイールが足元を引き締め、静止していてもただならぬ気配を放つ。

フロントに収まるのは4.0リッター、 V8ツインターボ。最高出力は668psから680psへと引き上げられた。だがこのクルマの核は、スペックの向上だけでは語れない。電子制御ダンパーやソフトウェア、マウント類に至るまで、シャシー全体が緻密に調律されている。
そして、このクルマの価値は、数字の外側にある。
スタートボタンに触れた瞬間、低く唸るV8の咆哮が空気を震わせる。だが走り出せば、その印象はすぐに覆る。街中を流すだけなら、驚くほど穏やかだ。アクセルに軽く足を乗せるだけで、厚みのあるトルクが滑らかに立ち上がり、重厚なグランドツアラーのような落ち着きで前へ進む。

キャビンはレザーとアルカンターラで丁寧に仕立てられ、触れるたびに質感の高さが伝わる。遮音性の高さも相まって、外界のざわめきは遠のき、時間の流れがゆるやかになる感覚すらある。

高速道路へと合流し、踏み込みを深くしていく。速度が乗るにつれ、ボディの一体感が際立っていく。路面のうねりを越えた際の収束の速さ、段差をいなしたあとの余韻の消え方。そのすべてが“雑味のなさ”として伝わってくる。リアサブフレームの固定方法を見直し、細部にまで手を入れた成果だろう。
さらにワインディングへ。
ドライブモードをGTからスポーツ、そしてスポーツ+へと切り替えると、クルマの表情が変わる。ステアリングにわずかな緊張が宿り、スロットルの応答が鋭さを増す。コーナーへと進入し、荷重を乗せていくと、フロントは正確に向きを変え、リアは路面を掴み続けながら粘る。

バケットシートに身体を預けたまま、クルマと一体になる感覚。アクセルを開けるたびにV8の鼓動が背中から伝わり、視界が一気に引き寄せられる。その一瞬一瞬が、確かな高揚感として積み重なっていく。それでもこのクルマには、どこか余白がある。ドイツ車のような精密さとは異なり、挙動のすべてにわずかな温度が残されている。電子制御の介入は確かに存在するが、それを感じさせない自然さでドライバーに委ねてくる。その感覚こそが、アストンマーティンらしさだ。

圧倒的なパフォーマンスを秘めながら、日常の延長で扱えるドライバビリティ。その両立こそが、いまのアストンマーティンの価値であり、このヴァンテージSはその完成度をさらに押し上げた一台といえる。

アストンマーティン ヴァンテージS 車両本体価格 2760万円(税込)
- ボディサイズ | 全長 4495 X 全幅 1980 X 全高 1275 mm
- ホイールベース | 2705 mm
- 車両重量 | 1751 kg
- エンジン | V8 ツインターボ
- 排気量 | 3000 cc
- 最高出力 | 680 ps(500 kW)
- 最大トルク | 800 N・m
- 最高速度 | 325 Km/h
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Text : Takuo Yoshida








