MGB、クラシックの入門にして終の1台

クラシックカーの存在を知らない人はいないだろうが、実際にその世界に足を踏み入れる人の数は限られる。だが年々齢を重ねるクラシックカーは、徐々に身近なものへと変化してきているのである。クラシックカーの入門車といえるMGBは、'60年代の英国が生んだ傑作であり、趣味人が望む要素を兼ね備えたクラシック・オープンスポーツカーである。

ゴルフの世界ではクラシックとオープンという単語は特別な意味を持っているが、クルマの世界にもそれは言える。クラシックカーとオープンカーは共に、よほど熱の入ったクルマ好きでなければ巡り合うことのない車種だからである。

これまで全くクラシックカーに縁のない人でも、そこに微かな憧れを抱く人は少なくないはず。50歳以上の人であれば、免許を取得した頃に新車で販売されていたクルマたちも、現在では立派なクラシックカーだからである。

インターネットのおかげでクルマの売買情報が世界中から手に入る時代なので、長らく憧れ続けてきた1台を見つけるのにそれほど苦労はしない。

だが現代車ほどには信頼性の高くないモデルが大半のクラシックカーなので、憧れにストレートに飛び込んでしまうのはリスクが高い。

生産台数が少ないマイナーなモデル等は維持していくうえで欠かせない部品の供給が乏しい車種がけっこうあるからである。

一方、コレクションとしてではなく実際にカントリークラブまでの往復ドライブをクラシックカーで愉しみたい趣味人であれば、実用性も無視できない。

戦前のモデルは言うに及ばす、1960年代でもまだデュスクブレーキを装備していないモデルは難易度が高い。

エアコンがないのは当然として、スポーツカーともなれば暖をとるヒーターやウインドーのくもりを取るデフロスター機能が弱いモデルもあるのだ。

今回クラシックカーの入門として挙げる1台はMGBである。

英国のスポーツカー専業メーカーであるMGが1963年に製造を開始したモデルで、排気ガス対策等の小変更を受けつつ1980年まで17年間も作り続けられた長寿モデルである。

マツダ・ロードスターに抜かれるまでは、MGBこそ世界一生産台数の多いオープンカーだったのである。

そんなMGBを入門として推す理由は数多ある。52万台と言う生産台数のお陰でクラシックカーの中でも1~2を争うほど補修パーツが揃っているし、堅牢なエンジンとギアボックス、効きの良いディスクブレーキも安心だ。

現代のオープンカーのように20秒ほどで電動開閉できる幌に比べれば原始的だが、それでも5分もあれば幌を降ろしてオープン・ドライブを愉しむことができるのである。

まだほの暗い早朝、ウィークエンドハウスのガレージに眠るMGBのエンジンを掛け、静かに暖機する。

リアのトランクは真ん中にスペアタイヤが陣取っているので、細めのゴルフバッグしか受け付けないが、シートの背後には充分なスペースが確保されているので、ここにゴルフバッグを載せることができる。

ギアは4速のマニュアルシフトで、現代車では当たり前になっているパワーステアリングやブレーキのブースターやABSといったアシスト機能はことごとく付いていない。

便利なモノに溢れたデジタルマターの21世紀において、敢えてクラシックカーに乗る理由はアナログに触れることに他ならないから、少々の苦労には目を瞑らなくてはいけない。パワーアシストのないステアリングは停止時は重いのだが少しでもタイヤが転がっていれば途端に軽く切れるようになる。

駐車場等ではクルマが動いているうちに素早くアクションを完了させることがベテランの所作である。

ダイレクト感溢れるステアリングやシフトは現代車にない質感の高さを感じさせてくれるし、1.8リッターの4気筒エンジンが奏でる排気音も大き目で勇ましい。

オープンの状態で走れば、走行風が盛大に車内に巻き込んで体感スピードを上げてくれるので、ゆったりと走らせていても刺激は十分にある。

ノイズの類が多いという物理的な理由もあるが、MGBのようなオープンスポーツカーの室内では、音の良いオーディオが欲しいなどとは誰も考えつかないはずである。

近年は様々な機器が発達したおかげで、技術的に稚拙なクラシックカーをより快適に楽しめるようになっている。

例えばスマートフォンのナビ機能は少し前のカーナビより優れているので敢えてクラシカルで美しいダッシュボード周りを現代的な装備で汚す必要がなくなっているし、今どきはいちいち手動でサイドウインドーを降ろして高速道路料金を支払う必要もないのである。

人間は時代とともに新しいものに触れ、高性能が当たり前のように体に馴染んでいくものである。ゴルフクラブ等も1度新しい製品を使ってしまったら戻れなくなるのも同じ理由である。

クルマの場合、新車を運転した後、半世紀も前に作られたMGBに乗り換えてみると、性能的なギャップの大きさはもちろんだが、それ以上に現代のクルマがいかに安楽で、ドライバーの経験や腕、判断といったものに頼らず走っているのかを思い知らされるはずだ。

クラシックカーの中では扱いやすい部類に入るMGBでも、スムーズに走らせるにはけっこうなドライビングテクニックを必要とする。

コーナーで前輪のグリップをつぶさに感じながら車体をきれいにロールさせるには相応の腕力と丁寧なアクションを要するし、ブレーキングでも正しいドライビングポジションとけっこうな踏力が要求される。

朝日が降り注ぐゴルフ場へと通じるワインディングロードでMGBを走らせると、走行風で顔や襟元は涼しいのだが、体はポカポカとしてくる。これぞスポーツカーという言葉が指し示す本当の意味なのだ。

入門用と記したMGBだが、その奥深い世界観は終の1台としても十分に通用するのである。

ファミリーカーは現行モデルを選び、しかし自分ひとりでドライビングと真剣に向かい合うアナログな楽しみのためにMGBのようなオープンスポーツカーを所有する。

これまで保守的なクルマ選びに徹してきた向きには少しハードルが高いのかもしれないが、昨今のクラシックカー界は成熟し、より身近になってきていることも考慮すべきだろう。

歴史に裏打ちされた古いオープンカーをさらりと乗りこなす生活、その先にオトコの豊かな人生観が垣間見れるはずだ。

1968 MGB Mk-2

  • ボディサイズ | 全長3,893 × 全幅1,516 × 全高1,254mm
  • ホイールベース | 2,311mm
  • エンジン |直列4気筒 OHV
  • 排気量|1,798cc
  • 最高出力 |96ps(70.6kW)/ 5400 rpm
  • 最大トルク | 149Nm / 3000 rpm
  • Text : Takuo Yosshida
  • Photographer : Koichi Shinohara
  • Golf Course : 富里ゴルフクラブ
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