泣けるホラー「かにみそ」で熱帯夜を涼しく過ごす

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・及川貴子さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

『かにみそ』/倉狩聡

熱帯夜に、ゾッとするのにユーモラスで、不思議と切ない、唯一無二の泣けるホラーはいかがでしょうか。

―蟹は、人を食べる点をのぞけば、おおむね良識的だった

――本文より

物語は、短期バイトをしながら実家で暮らし、何事にも無気力な青年が、ある日海辺で蟹を拾ってきたところから始まります。食欲旺盛な蟹の食いっぷりが気に入った青年は、彼の食事代のために前向きに働き始め、一方で蟹は、人の言葉を覚え、青年と話しをするようになります。ふたりは友情を深めていきますが、ある時うっかり犯してしまった殺人をきっかけに、蟹は人間を好んで食べるようになり…。

異常な出来事が次から次へと起こるなかで、蟹は愛らしく、ふたりの友情は微笑ましく映ります。それがまた奇妙で恐ろしい。あとから自分が犯した罪に気づき苦悩する青年と、あくまで生きるために食べているだけの純真無垢な蟹。お互いを大切に思い続けながらも価値観がずれていくのを感じる悲しみは、子どもから大人になる過程で経験してきた周囲との関係性変化のような既視感を覚えます。

あり得ないような状況にも関わらず、青年と蟹が、最後の決断を下すクライマックスでは、普遍的な友愛の美しさを感じてもらえるはず。償えない罪を抱えたひとりと一匹が迎えた結末を、ぜひ見届けてください。

『かにみそ』 倉狩聡(KADOKAWA)/¥660(税込)

COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 及川貴子

2018年日本出版販売入社。2022年4月より文喫 六本木副店長兼ブックディレクターとして、企画選書や展示イベント企画、本のある空間のプロデュースなどを行う。

Edit : Junko Itoi

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