『存在の耐えられない軽さ』でいま一度愛を考える

友人からでも、家族からでも、書評でも、課題図書でもない「オススメの本」を読んだことはありますか? 現実と少し距離を置く“小説の世界”への入り口は、時に不意の方が新鮮で心踊りそう。東京・六本木の本屋「文喫 六本木」のブックディレクター・及川貴子さんにBRUDER読者をイメージした一冊を選んでもらいました。

『存在の耐えられない軽さ』/ミラン・クンデラ

人生は一度きりだから、後悔のないように生きよう。そんな言葉を、聞いたり思ったりしたことがあると思います。しかし、一度きりの人生だからこそ、後悔のない選択は難しく、感情に従うべきか?慎重になるべきか?は誰にとっても悩ましいのです。

この本の主人公である優秀な外科医トマーシュは、独身貴族を謳歌し、何人もの恋人と適度な距離感を保ってきたプレイボーイ。ある日、偶然出会った田舎娘のテレザに惹かれて結婚します。しかし、恋人との逢瀬をやめられず、二人の愛は悲劇的な展開を迎えることに…。一緒にいたいのにすれ違っていくふたりの切なくもあり、滑稽でもある愛の物語です。

背景には、チェコスロバキア出身の著者による、プラハの春とニーチェの永劫回帰思想に基づいた歴史観・人生観が横たわっています。

人間というのはあらゆることをいきなり、しかも準備なしに生きるのである。それはまるで俳優がなんらの稽古なしに出演するようなものである。しかし、もし人生への最初の稽古がすでに人生そのものであるなら、人生は何の価値があるのであろうか?――本文より

重みがあるのに不思議と軽やかで、愛の物語としても思想のストレッチとしても読めます。結末はどうあれ、時代と愛に翻弄された男の人生。一度は読みたい、絶対に読んで後悔しない本です。

『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ著、千野栄一訳(集英社)/¥902(税込)

COOPERATION

文喫 六本木 副店長/ブックディレクター 及川貴子

2018年日本出版販売入社。2022年4月より文喫 六本木副店長兼ブックディレクターとして、企画選書や展示イベント企画、本のある空間のプロデュースなどを行う。

Edit : Junko Itoi

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