ロールス・ロイスで最もカジュアルなダークの主張「ブラック バッジ ゴースト」

ロールス・ロイスと聞いて、身構えてしまうのは正常な反応かもしれない。垂直にそびえ立つパルテノングリルと、その頂点で羽ばたくスピリット・オブ・エクスタシー。そしてシチュエーションを問わず、超然としているロールス・ロイス「ブラック バッジ ゴースト」の鯨のような巨体が目の前に止まれば、誰だって内心穏やかではいられまい。

「ゴースト」は幽霊に敬意を表したロールス・ロイス伝統のネーミングであり、2009年に復活を果たした。現行モデルは2020年に登場した2代目。位置づけとしてはフラッグシップの「ファントム」に対する“ベイビーロールス”となる。

それでも、観音開きの4枚ドアを持つボディの全長は5546mm。ロールス・ロイスとしては小型でも、一般的には完全なフルサイズといえる。パワートレーンもファントムと同じ6.8リッターのV12型ツインターボであり、“ベイビー”などという表現は当てはまりそうにない。

ミシュランの星がつくような超一流のレストランは、舌の肥えた食通によって育つといわれる。クルマの場合も似ていて、カスタマーの趣向がブランドに大きな影響を与える。創業当初から“超”がつく高級車であり、かつては生産されるクルマのほとんどがビスポーク(特注)による一点モノだったロールス・ロイスもその傾向が強い。

粋人たちに好まれた“ロールスの味”は大きく2つに分類できる。ひとつは、オーナーがリアシートでくつろぎ、お抱え運転手に運転を任せる“ショーファードリブン”というスタイル。これは王侯貴族や国家元首の使い方がイメージの源になっている。もうひとつは遊び心を持ったビリオネアたちが好む、自らステアリングを握る“オーナードリブン”。細部に自分の趣味を反映させ、ボディカラーも黒系とは限らない。

ゴーストの場合、ホイールベースを延長してリアのシートスペースを拡張した「ゴースト エクステンデッド」はショーファードリブン向き。一方、標準のゴーストはオーナードリブンに適したモデルといえる。

今回ステアリングを握ることができたブラック バッジ ゴーストは、パルテノングリルをはじめとする外装のクロームパーツや、室内のフェイシア(計器盤やダッシュボード)をダークフィニッシュでまとめたスペシャルモデル。かつて粋人たちがビスポークで愛車に遊び心を含めていた時代に思いを馳せたものであり、その立ち位置は標準のゴーストよりもさらにパーソナル寄り。ロールス・ロイスの中では最もカジュアルなモデルといえる。

ロールス・ロイスは2代目ゴーストのデザインをポスト・オピュレンス(脱贅沢)と表現している。ミニマリズムを前面に押し出したということなのかもしれないが、一般的な感覚からすればサイズ的なインパクトも大きく、スタイリングはひと目でロールス・ロイスとわかるものだ。

観音開きのドアからのぞく室内も豪奢だ。上質な革やブラック バッジ シリーズの特徴であるカーボンファイバーによるパネル類が強いビスポーク感を醸し出しており、豪華クルーザーやプライベートジェットなどに通じる特別な空間を作り出している。

ツインターボのV12エンジンの最高出力は600psもあるので、スロットルを強く踏み込めば“スーパースポーツもかくや”という加速をみせる。だが、耳栓をしたような静けさに包まれ、魔法の絨毯のようなエアサスペンションの重厚な乗り心地を味わってなお、“飛ばして走りたい”と思える人は稀かもしれない。

いたずらな競争心など芽生えるはずもなく、高速道路の左車線をひた走るだけで満たされるのである。ゴルフ場に向かう足として考えた場合、スポーティなクルマは気分を高揚させてくれることがある。ところがロールス・ロイスはその逆で、精神を集中させるのに最適なクルマなのだ。

出会った当初は身構えてしまって当然なのだが、慣れ親しむとこれ以上ストレスのない移動手段は存在しないと確信できる。一度、神殿の重厚な扉を開けてみるのも悪くはないだろう。

ロールス・ロイス ブラック バッジ ゴースト    車両本体価格: 43,490,000円(税込)

  • ボディサイズ | 全長 5545 X 全幅 2000 X 全高 1570 mm
  • ホイールベース | 1570 mm
  • 車両重量 | 2490 Kg
  • エンジン | V型12気筒 ツインターボ
  • 排気量 | 6750 cc
  • 変速機 | 8速 AT
  • 最高出力 | 600 ps(450 kW) / 5250 rpm
  • 最大トルク | 900 N・m / 1700 - 4000 rpm

 

    • Text : Takuo Yoshida
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